ダム底の記憶をタネに託す「徳山なんば」復活の軌跡

地図から消えた村が残した「遺産」

岐阜県の大垣市から福井県南越前町を結ぶ山あいの国道417号線を行くと、揖斐川(いびがわ)の上流部にあたる揖斐川町に出ます。その地には、今、多くの激辛ファンや料理人から注目されている「徳山なんば」と呼ばれる唐辛子があります。

写真:徳山なんば(岐阜県揖斐農林事務所農業普及課提供)

一般的な「鷹の爪」の約1.6倍という鮮烈な辛さを持ちながら、後味には驚くほどの甘みとコクが広がるこの唐辛子は、一度、「この世から消えた」と考えられていた幻の品種です。ダムの底に沈んだ村の記憶と、その土地を離れる人々の手によって守られた一握りの種。そこには、単なる食材の枠を超えた、熱い復活劇がありました。

旧・徳山村にルーツを持つ唐辛子は、現在、栽培地域や管轄行政、販売ルート等によって、本巣市の「徳山とうがらし」と揖斐川町の「徳山なんば」で呼称が使い分けられています。

今回は、このダム底に沈んだ村が残した揖斐川町の在来種「徳山なんば」をご紹介します。

ダム建設から守ったタネ

「徳山なんば」のルーツは、かつて岐阜県揖斐郡に存在した旧・徳山村にあります。日本最大級の貯水量を誇る徳山ダムの建設に伴い、2008年に全村が離村、水没するという運命をたどった場所です。

村では古くから、各家庭の庭先で唐辛子が栽培されてきました。徳山地区の方言で「なんば」と呼ばれる唐辛子は、冬の寒さが厳しい山村において、体を温め、食欲を増進させる貴重な保存食の源でした。村人たちは毎年、最も形の良い実から種を採り、翌春に蒔くという営みを何世代にもわたって繰り返してきました。

しかし、ダム建設による廃村は、その「種の連鎖」を無慈悲に断ち切ります。住み慣れた土地を離れる際、多くの文化や風景が湖底へと沈み、徳山村特有の「なんば」もまた、歴史の彼方へ消えてしまったかと思われました。

写真:徳山ダム

転機が訪れたのはダム完成から10年ほど後の2019年のこと。

徳山村戸入(とにゅう)地区出身の宮川金蔵さんが「徳山なんば」を栽培していることがわかりました。宮川さんは1987(昭和62)年に徳山村から揖斐川町上南方に移住して以来、ずっと自宅近くの畑で、交雑を避け、大切に育てていました。このことがわかったため、2020年度から揖斐農林事務所が協力して、町内の各地区で栽培して適性を調べるなどし、中山間地の高冷地での栽培に適していることを明らかにしました。

現在は、春日・谷汲・北方地域で栽培を行い、地域ブランド化を推進しています。

揖斐川町では、旧・徳山地区の唐辛子の方言である「なんば」を残し「徳山なんば」という名称でブランドを展開しています。

激辛と旨味の個性的な味わい

「徳山なんば」を語る上で欠かせないのが、その辛さです。

2021年2月に揖斐農林事務所が行った分析では、辛味成分であるカプサイシンの含有量が、一般的な「鷹の爪」の約1.6倍含まれているという驚異的な数値を記録しました。

その辛さの秘密は栽培されていた地域の気候風土にあります。

ダム建設によって水没した旧・徳山村には8つの集落がありましたが、その中でも戸入(とにゅう)地区は奥地に位置し、最後まで村の原型を留めていた場所の一つです。

戸入地区は、中山間地である旧・徳山村の中でも特に標高が高く、朝晩の寒暖差が大きい地域でした。そのため、そこで栽培されてきた唐辛子は、他の地区よりも「辛味が強く、実が締まっている」とされ、当時から高級品と評されていたそうです。

現在、揖斐川町で「徳山なんば」として栽培されているものの多くは、この戸入地区にルーツを持つタネだと言われています。

写真:徳山なんば(岐阜県揖斐農林事務所農業普及課提供)

 

さらに、味わいは辛さだけに留まりません。見た目は鷹の爪よりも一回り大きく、まるで小さなピーマンやシシトウのようにふっくらと肉厚。この厚い果肉こそが、「徳山なんば」の真髄である「旨み」を蓄えています。一口かじれば、突き抜けるような刺激の後に「徳山なんば」ならではの濃厚なコクとグルタミン酸由来の甘みが追いかけてきます。この「辛さと旨みの共存」こそが、料理人たちを虜(とりこ)にする最大の魅力なのです。

地域一丸となった復活プロジェクト

現在、「徳山なんば」は、旧・徳山村があったダム周辺の揖斐川町の春日地域を中心に生育適地でで栽培されています。

栽培地区は、いずれも中山間地の高冷地で、旧・徳山村と気候・風土が近い地域です。唐辛子は、シカやイノシシがその刺激を嫌って避けるため、動物による食害を受けにくいという特性があります。それゆえ、中山間地域特有の課題である鳥獣害に対しても、この強烈な辛みは大きな武器となります。「鷹の爪」より辛味の強い旧・徳山地区の唐辛子は、この強みを活かし、これまで被害を恐れて放置されていた耕作放棄地に再び苗を植えることで、里山を守り、地域農業を再生させるという新たな社会的役割も担うようになっています。

写真:春日地域(徳山なんば振興協議会提供)

振興活動には、生産者、地元直売所関係者、学生(岐阜大学生、揖斐高校生、揖斐特別支援学校生)らが参画しており、次世代への継承も本格化しています。2022年2月には正式に「徳山なんば」と命名して地域ブランド化を推進しています。2025年11月には生産団体の「徳山なんば振興協議会」が揖斐特別支援学校(揖斐川町谷汲深坂)と連携し、キャラクターをデザインしました。「徳山なんば」をPRする「徳山ジョージ」として活躍しています。

徳山なんばPRキャラクター「徳山ジョージ」

伝統の辛味を現代の食卓へ

2022年2月に地域ブランド化に取り組んだ揖斐川町の「徳山なんば」は、道の駅星のふる里ふじはしを販売拠点に、郷土料理や伝統的な加工品等の開発も積極的に行っています。その魅力的な商品をご紹介します。

写真:徳山なんば商品(岐阜県揖斐農林事務所農業普及課提供)

「徳山なんば」生唐辛子

まず押さえておきたいのは、「徳山なんば」の生唐辛子です。赤く熟す前のフレッシュな青い唐辛子です。一般的な鷹の爪の約1.6倍という鮮烈な辛みが特徴ですが、その美味しさの真髄はふっくらとした肉厚な果肉にあります。突き抜ける刺激の後に広がる甘みと旨みは、生の実ならではの贅沢。ダム湖底に沈んだ旧・徳山村から届いた伝説の味です。

写真:生唐辛子(岐阜県揖斐農林事務所農業普及課提供)

「徳山なんば」唐辛子一味

「徳山なんば」を乾燥させ、丁寧に挽き上げた純度100%の一味です。市販品とは一線を画す、鮮やかな朱色と突き抜けるような香りが特徴です。一振りするだけで、肉厚な実が蓄えていた深い旨みと強烈な辛みが料理の輪郭を鮮明に描き出します。うどんや汁物はもちろん、素材の味を活かしたいシンプルな料理にこそ映える職人気質の逸品です。

写真:唐辛子一味(岐阜県揖斐農林事務所農業普及課提供)

おかず味噌

「徳山なんば」と地元の「藤橋しいたけ」を合わせたピリ辛の絶品味噌です。徳山なんばの強い辛さに、しいたけの旨味と味噌のコクがマッチし、温かいご飯のお供はもちろん、焼き肉の薬味や炒め物の隠し味として、料理の味を劇的に引き立てます。

写真:おかず味噌(岐阜県揖斐農林事務所農業普及課提供)

地獄うどん

「徳山なんば」を使った郷土料理で外せないのが、「地獄うどん」です。かつての旧・徳山村で、冬の厳しい寒さをしのぐために愛された、究極の郷土料理です。グラグラと煮え立つ熱湯の中にたっぷりと徳山なんばを入れ、そのゆで汁でゆであげた素うどんに、サバの水煮と刻んだ青ネギを乗せ、生醤油をかけてかき混ぜます。一口食べれば汗が噴き出し、体の芯から温まる村のソウルフードです。村の記憶と寒村の知恵が詰まった心までをも温める熱い一杯です。

写真:地獄うどん(岐阜県揖斐農林事務所農業普及課提供)

「徳山なんば」豆乳ソフト

新しい感性で開発された商品がこちら。真っ白な豆乳ソフトに、真っ赤な徳山なんばの一味をトッピングした見た目も鮮やかな「映える」豆乳ソフトです。辛さは、程よい刺激の「じわる級」、涙が出る「ぴえん級」、そして限界突破の「ぱおん級」の3段階。豆乳ソフトの優しい甘みが、徳山なんば特有の鋭い辛みをまろやかに包み込み、一度食べたら止まらない不思議な「甘辛体験」へと誘います。

写真:豆乳ソフト(岐阜県揖斐農林事務所農業普及課提供)

「徳山なんば」の伝統の味は、故郷の味のままであったり、新しい姿になったりして、私たちの手元に届けられています。これらの商品や加工品は地域を代表する特産品として親しまれており、以下の場所で購入することができます。

徳山なんばが買えるところ

道の駅 星のふる里ふじはし

徳山民俗資料収蔵庫に隣接する「道の駅星のふる里ふじはし」は、揖斐川町の特産品が集まる中心拠点です。こちらでは、生の青唐辛子(シーズン中)のほか、「徳山なんば」を練り込んだ味噌や一味、「徳山なんば」を使ったオリジナルの手焼きせんべい、焼き肉のタレ、あられなどお土産にもぴったりな商品を販売しています。また、レストランでは大人気の「地獄のナンバ〜麺」や担々麺、また揖斐高校生が開発した期間限定メニューをを食べることができ、「徳山なんば」を余すところなく堪能できます。

写真:道の駅 星のふる里ふじはし

揖斐川町内の直売所・商店

「徳山なんば」の収穫シーズン(旬)は、例年9月下旬から10月頃です。旧・徳山村から移住された方々が多く住む地域に近い直売所などでは、収穫時期には「徳山なんば」として生の実が並ぶことがあります。

未来へ繋ぐ一粒の種

一度はダムの底に沈み、失われたはずの「徳山なんば」。それが今、再び真っ赤な実を実らせているのは、守り抜かれたタネと、それを地域の誇りとして受け継ごうとした人々の情熱があったからです。

伝統野菜を守るということは、単に古い品種を残すことではありません。その土地の歴史や、人々の暮らしの記憶を次世代へと繋いでいくことです。一粒のタネから蘇ったこの鮮烈な辛みと深い旨みを味わうとき、私たちは、かつての徳山村の息吹を、確かに感じることができるはずです。

揖斐川町を訪れ、その風に吹かれながら味わう「徳山なんば」には、言葉では語り尽くせない物語が詰まっています。この奇跡の復活劇の続きを、ぜひ、あなた自身の五感で受け取ってみてください。その鮮烈な刺激は、あなたの日常にも熱いエネルギーを与えてくれるかもしれません。

 

【取材協力】
岐阜県揖斐農林事務所農業普及課

【参考資料】
県庁で「徳山 なんば(トウガラシ)」の販売PRフェアを開催
道の駅 星のふる里ふじはし
地トウガラシ「徳山なんば」で激辛ラーメン 揖斐川の道の駅で提供開始

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