日本の伝統野菜―09.栃木県

1.地域の特性

【地理】

栃木県は関東地方の北部に位置し、総面積は6,408 km²で、全国20位です。東は茨城県、西は群馬県、南は茨城、埼玉、群馬の三県、北は福島県に接する内陸県で、海はありません。

東部には、標高300メートルから1,000メートル以下のなだらかな低山地が続く八溝山地(やみぞさんち)があります。北西部および西部一体では、東北地方から延びる奥羽山脈(おううさんみゃく)の南端部があり、標高2,000m級の山を含む大起伏の山地を形成しています。那須連山(なすれんざん)、帝釈山地(たいしゃくさんち)、日光連山(にっこうれんざん)、足尾山地(あしおさんち)が連なる山岳地帯で、特に日光連山は、白根山(しらねさん)、男体山(なんたいさん)、女峰山(にょほうさん)の火山群が連なっています。

県土の約55パーセントを森林が占めており、北部から西部にかけての山岳地帯は日光国立公園に指定されています。

中央部から南部は関東平野の北部にあたり、主に丘陵地、台地、低地からなる平野が広がっています。北西部の奥羽山脈から南西部の茨木県まで、平野を横切る那賀川(なかがわ)、鬼怒川(きぬがわ)流域や、栃木県日光市と群馬県沼田市との境にある皇海山(すかいさん)を水源とする渡良瀬川流域の平野が広がっています。

【気候】

栃木県の気候は太平洋岸気候ですが、北部から北西部の山地は日本海岸気候の特徴もあります。全体的に夏季は多雨多湿、冬季は少雨乾燥です。

平均気温は、平地では12℃~14℃と温暖ですが、標高の高い北部山地では7℃~9℃と低くなります。また、冬は放射冷却により朝の最低気温が下がり、12月、1月の平地での最高気温と最低気温の差は10℃~14℃と大きくなります。

年間降水量は北部山地で多く、奥日光(おくにっこう)では2,000mmを超しますが、平地部では少なく県南部では1,200mm程度です。6月から7月の梅雨期よりも、台風や雷雨の影響を受ける8月から9月の方が降水量が多くなります。夏季に激しい雷雨が多いのが特徴です。冬は男体颪(なんたいおろし)・二荒颪(ふたらおろし)、那須颪(なすおろし)、赤城颪(あかぎおろし)などと呼ばれる北西からの非常に冷たく乾燥した強い季節風が吹き、平地では乾燥した冬晴れの日が多くなります。

【農業の特徴】

栃木県は、関東平野の一部である常総平野が広がり、耕地面積は約12万haで全国第10位です。農業産出額は2,828億円で全国第9位(平成29年)の農業県です。

農業は、肥沃な農地と豊富な水資源、穏やかな気候に恵まれ、米麦、畜産、園芸作物など多彩な農畜産物の生産が行われています。農業産出額の内訳は、野菜が32%、米が19%、乳用牛が15%です。かんぴょう、うど、二条大麦、いちごの生産量は全国1位を誇っています。

地域は、大きく県北地域、県央地域、県南地域の3つに分かれ、県北地域の主要農産物は、水稲、二条大麦、小麦、いちご、にら、なす、トマト、ねぎ、うど、日本なし、スプレイ菊。県央地域は水稲、二条大麦、小麦、いちご、六条大麦、らっかせい、にら、こんにゃく、さといも、なす、トマト、たまねぎ、はくさい、日本なし、そば、えごま、シクラメン、スプレイ菊。県南地域は水稲、二条大麦、小麦、いちご、かんぴょう、なす、トマト、たまねぎ、はくさい、かき菜、アスパラガス、ぶどう、トルコギキョウが主に生産されています。

栃木県は、首都東京から60~160kmに位置しており、東北縦貫自動車道や北関東自動車道、東北新幹線などによる移動もしやすいという地の利があるため、首都圏の食料供給基地の役割を果たしています。

2.栃木の伝統野菜

首都圏の食料供給基地となっている栃木県は農業県であり、生産する野菜の種類も豊富です。栃木県では、「安全で安心な食べ物を届ける」農業に取り組み、ブランド化を進めており、特定の基準を満たした農産物にブランド名をつけて、消費者に信頼される高品質の農産物の拡販や生産履歴記録・トレーサビリティや環境対策などに取り組んでいます。農薬や化学肥料を使う回数や量が少ないと認めた農産物には、とちぎの特別栽培農産物として認証基準を設け、リンク・ティマークの使用を認めています。

伝統野菜についての取り組みは県全体では明確には行われておらず、基準もはっきりしていません。ただし、一部では在来種を復活させる動きもあり、伝統野菜の継承も続けられています。ここでは伝統野菜または在来種とされる品種を紹介します。

ほかに、栃木県では、在来のそばが多く、高根沢町在来、馬頭在来、高林在来、八溝在来、今市在来、茂木在来、鹿沼在来、葛生在来(日光さざれ)、田沼在来、粟野在来などが残っています。

また、鹿沼市は良質のこんにゃく芋の産地ですが、在来種のこんにゃく芋は栽培に三年もの年月がかかります。これを原料に江戸時代後期と同じ手作り製法で製造し、販売しています。

 

鹿沼菜(かぬまな)

【生産地】鹿沼市

【特徴】緑色が濃く、光沢が特徴の漬け菜

【食味】豊かな甘味とほろ苦さがほどよく調和した独特の味わい。アクがほとんどなく、お浸しや煮物が美味しい。

【来歴】古くから栽培されていたが、栽培しやすいアブラナ科野菜の栽培が多くなり、現在では、ほとんど作られなくなっていた。2010年から「伝統野菜の鹿沼菜復活プロジェクト」として、JAかみつが、鹿沼市、宇都宮大学、鹿沼南高校、上都賀農業振興事務所により、鹿沼菜の形態的特性と染色体数などを調査し優良系統を選抜し種子を確保。現在は12戸の農家が栽培し、直売所等で販売している。

【時期】10月頃~4月頃

 

唐風呂大根(からふろだいこん)

【生産地】日光市足尾地域

【特徴】足尾の唐風呂地区周辺(群馬県よりに位置している)でのみ、栽培されていた関東地方では珍しい地方品種の大根。唐風呂地区周辺以外で栽培を続けると赤紫色がだんだん薄くなっていくとも言われている。唐風呂地区で採種したもの(一度限りの使用)であれば他の場所で栽培しても赤紫色は出るが色が薄い場合もある。

【食味】水分が少ないため、栃木県の伝統料理「しもつかれ」に適しており、昔は地域外からも大根を求めて足尾に来る人もいた。

【来歴】昔から栽培されてきたと言い伝えられている。 正確な栽培時期は不明。

【時期】10月中旬頃~12月中旬頃

 

川俣菜(かわまたな)

【生産地】日光市栗山地域川俣地区

【特徴】かぶ菜の一種。見た目は野沢菜に似ている。葉はギザギザで、やや肉厚。表面に細かい毛がある。成長すると地下部にカブができる。

【食味】独特の風味があり、ややクセがある。採れたては茎のシャキシャキとした食感が楽しめる。普通の青菜のように、味噌汁や炒め物、お浸しなど、普段の食卓を彩るシンプルな料理で食べるのが美味しい。川俣地区では野菜が途絶える冬の保存食として、干して干葉(ひば)にしたり、塩漬けにして冬に備えた。

【来歴】川俣地区に伝来した説として、⑴平家落人説(鎌倉時代)、⑵川俣温泉説(江戸時代中期)、⑶西沢金山説(明治三十年以降)の三つの説があるが、大正時代には栽培されていたことが分かっている。川俣温泉・川俣地区合わせて、自家栽培十軒ほど。近年、栗山全域で栽培されるようになったが、すべて自家栽培である。川俣自治会により「川俣菜種保存会」が発足し、品種を守る取り組みを行っている。

【時期】8月下旬~10月下旬頃

 

干瓢(かんぴょう)

【生産地】下野市 壬生町 小山市 宇都宮市、鹿沼市、真岡市など

【特徴】栃木の特産品・かんぴょうは、国内生産シェア約98%。野州かんぴょう発祥の地とされる壬生町をはじめ、栃木県内で生産されている。県内で生産された「ゆうがお」の果肉を、桂剥きのようにひも状に剥いて干す。生産面では、従来はユウガオの栽培からかんぴょうへの加工までを一貫して生産者が担ってきたが、労働負担を軽減するため、ユウガオ栽培とかんぴょう加工の工程を分業化する取組が行われている。

【食味】乳白色で香りが甘く、肉厚で弾力のあるもの。また幅が広く太さがそろい、良く乾燥しているものが良品とされる。

【来歴】約 300 年前の江戸時代に、壬生町の黒川のほとりで栽培されたのが最初とされる。栃木県にかんぴょうが導入されたのは、1712 年、江州(現在の滋賀県)の水口城主・鳥居忠照公が下野壬生城主に国替えになった際、旧領地の滋賀県木津の地からユウガオの種を取り寄せ、現在の壬生町の黒川のほとりで栽培したのが始まりとされている。また、ユウガオ栽培が定着した背景としては、保水性と通気性に優れた土壌と、夏の夕方に雷雨の多い同県の気候が、ユウガオの生育に適していたことがあげられる。現在では、県央・県南部の畑作地帯が主産地であり、麦、野菜等との輪作体系が確立されている。

【時期】通年

 

幸岡ねぎ(こおかねぎ)

【生産地】矢板市

【特徴】現在産地化をはかっている在来種のねぎ。

【食味】太いのに大味にならず、甘味が強い。

【来歴】昭和30年~40年の頃、幸岡地区で盛んに栽培されていたネギ。東京の高級料亭でも大好評で、築地の市場からも定期的に注文があったが、病気(赤サビ病)に弱いことや、幅広に育つので袋に入れにくいなどの難点から生産が激減。2017年から矢板高校で特産物として復活栽培が開始。

【時期】10月中旬

 

佐野そだち菜(さのそだちな)

【生産地】佐野市両毛地区

【特徴】佐野そだち菜は、洋種ナタネを栽培したもので、現在はその中から選抜された優良品種が主力となっている。はなやかな香り、鮮やかな緑色が特徴。

【食味】シャキッとした歯ごたえと、クセが少なく、のほか苦みと甘みと併せ持つうま味が特徴。冬の間たっぷり霜に当たるほど甘みが増す。お浸しなど、茹でて食す。

【来歴】もともとは自家用野菜として栽培されていた地場野菜。両毛地区で古くから栽培されており「かき菜」とも呼ばれている。万葉集に「佐野の茎立」として登場する。2011年に「佐野ブランド」に認証。

【時期】10月~4月

 

栃木三鷹唐辛子(とちぎさんたかとうがらし)

【生産地】大田原市

【特徴】果実は成熟すると鮮やかな赤色で、実が厚く先端が尖っており、辛みが強い。色調が良く、形状が揃っている、収穫量が多い、摘み取り・乾燥作業が容易、保存に強いなどの特徴があり、唐辛子の栽培・流通において優れた品種。

【食味】辛味が強い。

【来歴】栃木三鷹唐辛子は、1955年頃、栃木県大田原市の株式会社吉岡食品の吉岡源四郎氏の手によって八房系品種より分離された大田原を発祥とする唐辛子。昭和初期から始まり、戦後の1963年頃が生産のピーク。2003年から新たな観光資源として「とうがらしの郷」の復活を目指し展開中。

【時期】10月中旬~11月

 

中山かぼちゃ(なかやまかぼちゃ)

【生産地】那須烏山市、那須郡那珂川町

【特徴】黒緑色の紡錘形。交雑を避けるため、蜂の活動前(早朝4時頃)に一つ一つ手作業で交配している。

【食味】一般的なかぼちゃに比べて皮が薄く、口当たりの良さも抜群。きめ細かな質感とホクホクとした食感が魅力。放置しておくと、でんぷんが糖に変わり、ねっとりとした食感になってしまうため、収穫後1カ月くらいまでに食べるのがおすすめ。

【来歴】烏山地域(那須烏山市、那珂川町)で限定生産。戦後、北海道の開拓者によってこの地域に伝わり、自家用かぼちゃとして栽培されきた。その後、農協独自のものとして栽培が続けられてきたが、難点を克服すべく、系統選抜により約10年かけて「ニューなかやま」が誕生した。

【時期】7月~8月頃

 

新里ねぎ(にっさとねぎ)

【生産地】宇都宮市新里町

【特徴】軟白部が弓形に曲がり、葉の付け根の重なり段が狭く、また緩く重なっている。葉は柔らかく折れやすく、うろ(葉の中の透明なぬるぬる部分)が豊富。

【食味】一般的な一本ねぎや近代育種技術による曲がりねぎと比べ、柔らかく、甘みが強く、青葉も美味しく、生で食べても辛味が少ないのが特徴。

【来歴】古く江戸時代から自家採種栽培されてきた在来種の曲がりねぎ。

【時期】12月~3月頃

 

野門の赤じゃがいも(のかどのあかじゃがいも)

【生産地】宇都宮市新里町

【特徴】でんぷん質が多いため、 つくとお餅のように伸びる。形は細長く メークイン型にちかい。皮は赤色、 中身は白色。

【食味】淡泊な味わい。餅状につくことでモチモチとした食感となる。現在は、伝統食「べったら餅」にして、野門地区のお祭りでのみ食される。蒸かした芋の皮を熱いうちにむき、人肌程度に冷ましてから餅つき機でつき「じゅうね味噌」につけて食べる。

【来歴】栗山全域で育てられていたが味が好まれず、今では野門地区の一軒でのみ栽培。野門地区では呼び名がなかったため、 「野門の赤じゃがいも」と暫定で呼んでいる。 近年、市場に出回る「赤い皮のじゃがいも」とは別品種。

【時期】収穫量はほとんどなく、野門地区内の祭りのためだけに栽培が限定されている。

 

舟石芋(ふないしいも)

【生産地】足尾地域

【特徴】一般的なじゃがいもよりも大きさは小さい。

【食味】舟石芋は「小芋」であっても、じゃがいもの味がしっかり濃縮され、美味しいじゃがいもだと言われている。

【来歴】正確な栽培時期は不明だが、1924(大正13)年には栽培していたとする記載が残っている。

【時期】7月中旬から7月下旬

 

細尾菜(ほそおな)

【生産地】日光市細尾地区

【特徴】かき菜の一種。かき菜より葉の幅や長さが短かく、全体的に小さい。茎の部分は太くとても瑞々しい。長期の保存ができず、1日程度で食す。

【食味】クセやエグミがなく、甘味が強い。

【来歴】細尾地区住民で現存している93歳(2020年現在)の長老は明治の頃よりあったと話している。現在は、先代から種を引き継ぎ、栽培しているのは数件で、自家栽培のみ。細尾菜の伸びた芽は採れるまで食べる。種採り用の細尾菜は、まず、一番ぶきを食べて味を確認し、二番ぶきの中から、葉の形や芽ぶき方などを見て、最も良い細尾菜を選別し、花を咲かせて種を採る。

【時期】4月から5月

 

水掛菜(みずかけな)・野口菜(のぐちな)

【生産地】日光市野口地区・今市市

【特徴】真冬に新鮮な青菜を食べるため、畝間に湧き水を流して、水の保温力で生長を早めてつくられる。地元での流通だけで、自家消費が主。

【食味】アクがなくて甘く風味豊か

【来歴】栽培の歴史は室町時代に遡るとの説もあるが、1600年頃日光東照宮造営のため静岡の久能山東照宮からやってきた人々によりもたらされたというのが通説。継承してきた集落名から「野口菜」とも呼ばれる。スローフード協会により「味の箱舟」に認定されている。現在は、数戸の生産者が水かけ菜の保存のための組織をつくり継承しようとしている。

【時期】12月下旬から3月

 

宮ねぎ(みやねぎ)

【生産地】栃木市西部・宮町

【特徴】粘土質の硬い土壌の中で、1年かけて育てる。見た目は普通のねぎと異なり、茎の部分は太く、葉の部分は短く、グローブのような形をしている。別名「ダルマねぎ」とも呼ばれる。

【食味】そのまま食べると大変辛いが、熱を加えると甘くトロリとした食感に変化する。鍋料理や焼き鳥などに大変適している。

【来歴】300年以上前から栽培されている。江戸時代に栃木の商人が江戸の地頭役所に出向くときに宮ねぎを持参したところ、味や香りがよいことから、江戸に毎年歳暮用として送る風習が続いたと伝えられる。

【時期】11月中旬〜12月下旬

 

【参考資料】

栃木県公式HP「日光市在来・伝統野菜」

日光在来・伝統野菜‐栃木県

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