「田螺のぬた」って知ってる?お彼岸の伝統食と先人の知恵

今年も、もう春のお彼岸ですね。

お彼岸と聞くと子どもの頃に歌ったわらべ歌が思い出されます。
「つぼさん つぼさん お彼岸参りに 行こまいか カラスという 黒鳥が 足をつつく 目をつつく それが怖ぁて よう行かん」

という歌詞だったと記憶します。

「つぼさん」は「タニシ」のことです。タニシは淡水に生息する巻き貝です。筆者は名古屋出身なので「つぼ」と呼びますが、ネットで調べてみると、地域によって「つぶ」だったりします。敬称も「つぶさん」「つぼどん」だったり、つつかれる部位は「目」が「手」だったり、語尾が異なっていたりします。ただ、歌の筋は、「つぼさん=タニシ」をお彼岸参りに誘うもののカラスがつつくから行けないとという点では同じです。

水田に生息するタニシ

お彼岸にタニシとは、これいかに?と現代の私たちは、そう思ってしまいますが、タニシは農業と深い関係がありました。タニシが好んで生息するのは流れの穏やかな淡水域です。泥底(どろぞこ)があって、エサとなる藻類や有機物(デトリタス)が豊富な場所に生息します。そのため、かつては在来種のタニシが、湿田(一年中湿っている田んぼ)によく見られました。(現在は、残念ながら農薬の影響などで減少し、山形県ではマルタニシは準絶滅危惧種に指定されています)

タニシの旬は春だそうで、『鬼平犯科帳』にも春の彼岸頃の場面で、「田起こしをする今時分は田螺(たにし)が採れまして…」「おお、田螺のぬたか!」というセリフが出てきますし、『ゲゲゲの鬼太郎』にも「田螺の精」のエピソードで、ねずみ男や村人が「春の彼岸に田螺を獲って食べる」というシーンがあります。このように、かつては旬の食材として重宝されていたようです。

水田に生息するタニシは、田起こしをすると、たくさん獲れます。
田起こしは、ちょうど春と秋のお彼岸頃。春は田植前の3月下旬~4月に行われ、秋は稲刈り直後〜12月に行われるのが一般的です。

福岡県(筑後川流域)や佐賀県、鳥取県(因幡地方)などでは、桃の節句(ひな祭り)にタニシを食べるのが古くからの習わしになっていますが、旧暦の桃の節句は4月上旬でしたので、江戸時代には春の田起こしと同時期だったのでしょう。

また、秋の彼岸頃は、稲を刈る前に田んぼを干すために水を抜くと、丸々と太ったタニシが捕れるので、貴重な食材として重宝されました。
中部地方(愛知県・岐阜県の一部)では、秋のお彼岸に、また、岡山・愛媛・徳島などでも秋に食べる習慣が一部に残っています。
長野県、山梨県では通年食され、「お見合い」の席や「土用の丑」にも食されてきました。

健康を願う民間信仰

江戸時代の百科事典ともいえる『和漢三才図会』(1712年頃)には、「田螺(たにし)は、春の彼岸に食せば、目明らかなり」(意訳:春の彼岸に田螺を食べると、目がはっきり見えるようになる)と記述されています。

また、桃の節句には、「タニシを食べて肝を洗う」というデトックス効果も期待されています。『日本の食生活全集』各県版の「雛祭り」の項によると「冬の泥を出し、体を軽くする(肝洗い)」という実利的な健康法として記述されています。タニシには、冬の間に溜まった毒素を出す効果があると考えられており、薬膳の意味を持つ行事食でした。

そのため、殺生を禁じる彼岸の期間であっても、タニシは例外で、「殻の中に身がこもっている=煩悩を閉じ込める」、あるいは「田んぼの浄化」などの意味を含ませて、食されたり、供えられることがありました。今でも、岐阜県の一部(特に美濃地方)や愛知県、長野県、山梨県(韮崎市や甲府盆地周辺)などで、タニシを食べたり、供えたりする風習が残っています。

ビタミンB12が豊富

お彼岸にタニシを食べると「目がよくなる」「眼病が治る」という言い伝えは、根拠のない民間信仰ではなく、現代の栄養分析によると、タニシには、ビタミンB12が100gあたり約18µg(マイクログラム)前後含まれており、貝類の中でもトップクラスの含有量です。

ビタミンB12は「末梢神経の修復」を助ける働きがあり、現代でも眼精疲労の改善薬(目薬や内服薬)の主成分として使われています。この効果を経験的に知っていた先人達の知恵から「タニシを食べると目が良くなる」と言われたのでしょう。

タニシの代表的な料理

さて、そんな有難いタニシは、桃の節句や春の彼岸や秋のお彼岸などに健康祈願や収穫への感謝とともにご先祖様へ供え、家族で分け合う行事食に使われるようになりました。地域によって呼び名や調理法は様々ですが、代表的な料理に酢味噌で和えた「田螺のぬた」があります。ぬたは、味噌・酢・砂糖を合わせた酢味噌で食材を和えたものを言います。

タニシ料理は、かつて日本各地の農村部で食べられていたため、地域ごとにその土地を代表する伝統野菜と組み合わされてきました。今でも「田螺のぬた」を食べる東海地方では、12月~3月に旬を迎える伝統野菜の「法性寺ネギ(愛知県)」や「徳田ねぎ(岐阜県)」があります。どちらも甘みと香りが強く、柔らかい食感が特徴で、「ぬた」にするのに適しています。他にも、根菜類をふんだんに入れた味噌汁の「つぼ汁」や、牛蒡や人参などの根菜と一緒に、甘辛い醤油味で煮込んだ「煮しめ」などが伝統料理としてあります。ご興味のある方は、ぜひ一度、食されてみてはいかがでしょう。

食べる際の注意点(重要)

ただし、タニシを食べる際に、自分で調理する場合は、以下の点に十分な注意が必要です。

泥抜き: 田んぼや川で獲れたものは泥を噛んでいるため、数日間きれいな水に入れて泥を吐かせる必要があります。

寄生虫対策: 野生のタニシには寄生虫がいる可能性があるため、必ず中心部までしっかり加熱して食べるのが鉄則です。生食は厳禁です。

種類: 日本で一般的に食べられてきたのは「マルタニシ」や「オオタニシ」などの在来種です。ジャンボタニシ(スクミリンゴガイ)は外来種で、寄生虫のリスクがより高いため、食用は避けましょう。

現在では、郷土料理店や一部の直売所、あるいは通販などで、すでに下処理(ボイル)された「食用のタニシの身」が販売されていることがあります。まずはこうした加工品から試してみるのが良いでしょう。

先人達の知恵

今回は、かつて水田に多く生息していたタニシをテーマに、日本の農業文化と伝統食との関わりをみてきました。
かつての農村の風景が消えるとともに、冒頭の歌も消えていく運命なのかもしれません。

ですが、栄養・機能性成分の分析機もない時代に、眼精疲労に効果のあるビタミンB12を豊富に含むタニシの効果を知っていた先人の知恵を、春のお彼岸を前に敬いたいと思いブログ記事にしてみました。

先人達の知恵に思いを馳せながら、「田螺のぬた」について知って頂ければ幸いです。

【参考文献】
秋田県仙北市公式ウェブサイト「仙北市 食の伝道師 TEAM 仙北ばぁば’S」P14
農林水産省「うちの郷土料理」田にしの味噌煮 神奈川県
農林水産省「うちの郷土料理」中部地方 岐阜県
食育ネットあいち「タニシとわけぎのぬた和え」
長野県佐久市「母から子へ 孫へ伝える佐久の味」
森基子 他編『日本の食生活全集21 聞き書 岐阜の食事』(1990)農山漁村文化協会
鶴藤鹿忠 他編『日本の食生活全集33 聞き書 岡山の食事』(1985)農山漁村文化協会
立石一 他編『日本の食生活全集36 聞き書 徳島の食事』(1990)農山漁村文化協会
森正史 他編『日本の食生活全集38 聞き書 愛媛の食事』(1988)農山漁村文化協会

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