もう食べられなくなる⁉郷土の味の漬物がピンチ ~食品衛生法改正で製造販売が許可制に~
全国の伝統野菜の調理方法で最も多いのは「漬物(つけもの)」です。漬物は各地の気候風土や食材と大きな関係があり、寒い地方では、冬の間の貴重な食材の保存技術として発達し、暖かい地方では、ご飯を食べる際の手軽なおかずとして作られてきました。 そして、漬物は全国の農家の副業として、その土地の野菜を使って製造され、郷土の味が作られてきました。
その漬物が食品衛生法の改正により、大ピンチを迎えています。経過期間の終了も近づいており、現状どのような動きになっているのかみていきたいと思います。
漬物の製造販売が許可制に
厚生労働省と消費者庁が管轄する「食品衛生法」が、2021(令和3)年6月に15年ぶりに改正され、漬物、水産製品(鰹節や干物、珍味など)、密封包装食品など新たに営業許可の対象となる業種が増えることとなりました。
これに伴い、漬物を製造して販売する場合には「営業許可」が必要になり、新たに製造を始める方は営業開始前に許可を取得する必要があります。また、2021(令和3)年5月末以前から製造している方は、経過措置期間が設けられ、2024年(令和6)年5月31日までに許可を取得しなければなりません。2024年6月1日には、漬物製造販売の許可制が全面実施されることとなります。
安全な食品の提供に向けて
法改正の発端となったのは、2012(平成24)年8月に札幌市等で発生した集団食中毒です。腸管出血性大腸菌O-157に汚染された浅漬(白菜きりづけ)による食中毒事件は、患者数169名、死者8名と多大な被害が出ました。札幌市保健所は製造工程に問題があったことを報告しています。
また、2014(平成26)年には、静岡市で露店の浅漬(冷やしきゅうり)による集団食中毒が発生し、481人が発症するという過去10年間で最多の被害となりました。厚生労働省は、それまでも過去の食中毒事件を鑑み、ガイドラインの策定等を行ってきましたが、上記のような事件が起きてしまったため、さらに衛生的な製造を徹底するための法改正となりました。
法改正による影響
この改正法の何が問題かというと、浅漬だけでなく、漬物全般が対象になっており、許可を取得するにあたって、衛生的な製造施設などの整備が求められるようになった点です。 農家の副業として作られてきた「漬物」は農家の人が台所や作業場で仕込んだもので、「手作り漬物」として道の駅や直売所、土産物売場などで販売されてきました。
しかし、今回の改正では、許可の要件として、衛生基準を満たした施設が必要になるほか、国際的な食品衛生管理手法である「HACCP(ハサップ)」に沿った加工場の衛生管理をしなければならず、食品衛生責任者の資格取得も義務付けられます。
これまで漬物を製造していた個人農家にも適用され、許可業者でないと販売が難しくなります。そのため、高齢農家の方は、設備投資などの対応が困難であるとして、漬物製造を止めることにした方も出てきています。
豊富な漬物の種類
漬物の歴史はとても古く、日本で初めて記録に現れたのは奈良時代です。やがて全国に漬物の製法が広がり、各地で作られるようになっていきました。明治初期には、都市化する地域周辺の農家の副業として沢庵漬や奈良漬が作られてきましたし、多くの地域では、昭和の高度成長期に入る頃までは各家庭で漬けられることも少なくありませんでした。
全国各地には、その土地の特産野菜を使った漬物や漬け方があり、その種類は、とても豊富で、各地の故郷の味を醸し出しています。
漬物の種類
漬け方 |
漬物名 |
塩漬け |
野沢菜漬け、高菜漬け、広島菜漬け、梅干し、キクの花漬け、桜の花漬け、白菜漬け、しょうが塩漬け、らっきょう塩漬け、しゃくし菜漬け、一夜漬け、浅漬け等 |
醤油(しょうゆ)漬け |
福神漬け、鉄砲漬け、印籠(いんろう)漬け、養肝(ようかん)漬け、日光のたまり漬け、日光巻き、梅干漬、しば漬、しょうがしょうゆ漬、山菜しょうゆ漬、野沢菜漬、朝鮮漬等 |
味噌(みそ)漬け |
金婚(きんこん)漬け、印籠(いんろう)漬け、養肝(ようかん)漬け等 |
粕(かす)漬け |
奈良漬、わさび漬け、山海(さんかい)漬け、守口漬け等 |
麹(こうじ)漬け |
べったら漬け、三五八(さごはち)漬け等 |
酢(す)漬け |
らっきょう漬け、しょうが漬け、千枚漬け、はりはり漬、梅酢漬、しょうが梅酢漬、はじかみ漬等 |
糠(ぬか)漬け |
たくあん漬け、いぶりがっこ、伊勢たくあん、日の菜漬け、寒漬け、山川漬け、ぬか味噌漬け等 |
辛子(からし)漬け |
こなす漬け、きゅうりのからし漬け等 |
醪(もろみ)漬け |
こなすのもろみ漬け、きゅうりのもろみ漬け、吉四六(きっちょむ)漬け、鉄砲漬け等 |
その他 |
塩漬け類や調味漬け類に分類されないもの すぐき漬け、しば漬け、すんき漬け、飛騨の赤かぶ漬け、温海の赤かぶ漬け、伊予の緋のかぶら漬け、津田かぶ漬け等 |
全ての漬物が対象に
今回の改正法では、漬物全てが製造販売許可制の対象となっています。
しかし、例えば、秋田県の「いぶりがっこ」は、秋田地方では、冬に晴天が続かず、屋外で大根を干すのが難しいため、室内の囲炉裏(いろり)に吊り下げて乾燥させることによって生まれたものです。囲炉裏から立ち上がる煙に燻されて、薫煙の香りとぬか漬け風味が合わさった独特の漬物です。このような製法の漬物も対象となっており、存続が危ぶまれています。
また、「伊予の緋かぶら漬け」、「津田かぶ漬け」等のように伝統野菜が漬物に加工されているケースも少なくありません。伝統野菜の栽培農家は高齢化が進んでおり、ただでさえ、作り手が少ない中で、法改正を機会に撤退を検討している方も何割かいることが伝えられています。
伝統的な漬物は危険なのか?
本来、漬物は保存食であり、発酵食品です。発酵と腐敗は紙一重で、簡単に言えば、微生物が繁殖して良いことが起これば「発酵」、悪いことが起これば「腐敗」です。
漬物は、塩を使うことで腐敗から守り、熟成し旨味を引き出すようにして作っています。そのため、多くの漬物は、塩漬け、または塩蔵した野菜を醤油・味噌・酒粕に漬け込みます。麹(こうじ)や糠(ぬか)で漬ける場合も塩を添加しています。また、酢漬けの場合は、酢酸の抗菌性により微生物は繁殖できないため発酵も腐敗も起こりません。
ただ、近年の「塩分控えめ」や「低塩分」などの減塩ブームに合わせて使用する食塩の量を減らすと、腐敗菌や食中毒菌が増えやすくなるので、そのような漬物はリスクが高まります。 中には、長野県木曽地方の「すんき漬け」ように塩を一切使わない漬物もありますが、これは発酵種である「すんき種」を加えて乳酸発酵させており、伝統的な発酵技術で漬物の腐敗を防いでいます。伝統的な漬物には長い歴史の中で育まれた技術があります。
地域の伝統食を守りたい
このままでは、郷土の「手作り漬物」が失われてしまいかねません。次世代の人にも、その味を伝えられなくなるのは残念です。食中毒を起こさないことは非常に重要なことですが、伝統的な漬物の味を後世に残していくことも文化的に意味のあることです。
食品安全と文化を両立させるためには、地域の支援が必要となります。食品衛生法の第54条では都道府県が、参酌(さんしゃく)できるとあります。参酌とは、「何らかの事柄を判断するに当たって、さまざまな事情を考慮するという意味」なので、これまで、漬物を製造してきた方で、継続を迷っている方は、一度、保健所等に相談してみるのが良いと思います。
第五十四条 都道府県は、公衆衛生に与える影響が著しい営業(食鳥処理の事業を除く。)であつて、政令で定めるものの施設につき、厚生労働省令で定める基準を参酌して、条例で、公衆衛生の見地から必要な基準を定めなければならない。(食品衛生法第54条)
また、いくつかの自治体では、補助金や助成金の交付による支援が行われています。小規模の改修で済む場合や、思っていたより取り組みやすい場合もあります。
次の自治体では、漬物製造事業継続支援事業補助金・助成金の交付を行っています。横手市、御殿場市、雲南市、九戸村、京都府、鳥取県、福岡県筑前市、広島県神石高原町、高知県。 また、JAでも、施設の共同利用や共同作業場の新設、加工場の整備などを支援するところがあります。高齢農家の方々だけでは解決できないこともあると思いますので、ぜひ、自治体や地域が支援し、手作り漬物を存続させて欲しいものです。
漬物のその後
ここまでの記事を書いたのは2024年2月でした。その後、半年を経て、2024年10月に帝国データバンクから「漬物店」の倒産・休廃業解散動向(2024年1月-9月)のレポートが発表されたので、こちらも追記で、ご紹介いたします。
同レポートでは、「『漬物店』の倒産(負債1000万円以上、法的整理)が8件、休廃業・解散(廃業)が18件発生し、計26件が市場から消滅した。」としています。2023年は、1年間で18件だったのに対し、2024年は9ヶ月で26件となっており、年間で見た場合には過去最高になる可能性を示唆しています。
この件数は、帝国データバンクが対象とする企業の件数であり、個人で営む漬物製造などは、さらに多くが廃業していることが推測されます。そもそも漬物の消費量が年々、減少していたことや、ここ数年の天候不順による野菜の不作や円安、調味料など原材料費の高騰、人件費、配送費、資材費などのコスト高で収益が圧迫されたこと、生産者の高齢化が進んでいました。そこに追い打ちをかけるように今年6月からの食品衛生法の改正・施行があり、この機に漬物作りをやめた会社や生産者も少なくありません。
予想されていたように、漬物市場は縮小しており、同レポートでも述べられているように、郷土料理ともいえる漬物文化は衰退が懸念されます。
【参考資料】
日本農業新聞2024年1月24日記事「漬物作りやめないで! JA・自治体が支援 改正食品衛生法見据え「食文化守る」
国立感染症研究所「浅漬の食中毒事件を受けての漬物の衛生規範の改正等について」
衆議院「改正食品衛生法上の営業許可対象に漬物製造業を追加することに関する質問主意書」
東洋経済オンライン「平気で「漬物」を食べる人が知らない超残念な真実」
現代農業「【「直売所の漬物が危機」問題】 手洗い場と水道を整備 補助金活用で思ったよりも安く済んだ(全文公開)」
中口義次「塩蔵食品の特性の変化と細菌汚染と食中毒リスク」日本海水学会誌第72巻第5号(2018)
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