葉茎を食べる珍しい大根を知っていますか? ~世界農業遺産の大崎耕土で栽培される宮城の伝統野菜・小瀬菜(こぜな)大根~
葉を食用にする小瀬菜大根
大根と言えば、白く太い根を食べるのが一般的です。
しかし、ここ宮城県加美郡加美町小野田の小瀬地区には、主に葉と茎を食べる「小瀬菜大根」という珍しい葉大根があります。
地元では「こぜなっぱ」と呼ばれたりしますが、菜花(Brassica rapa)ではなく、小瀬菜大根(Raphanus sativus L. var. hortensis Backer)1)は、れっきとした大根。
小瀬菜大根は根がほとんど大きくならず、収穫時期になっても手のひらほどの大きさにしかなりません。その代わりに葉が長く大きく伸び、通常で60~70cmの長さ、長いものでは120㎝におよぶ2)ほどになります。
また、一般的な大根の葉には、毛茸(もうじ)という細かい毛が生えるのですが、小瀬菜大根の葉には、ほとんど毛がなく、肌触りが良いのが特徴です。葉茎が軟らかく、それでいてシャキシャキとした食感もあり、一般の大根の葉にあるえぐみも無く、さっぱりとした味わいが楽しめます。
生産地は世界農業遺産の大崎耕土
小瀬菜大根の葉茎の柔らかな味わいは、小瀬地区の限定された土地でしか栽培できず、他の地域で栽培しても同じようにはならないと言われています。その理由は、やはり気候・風土が大きく関係していると考えられます。
小瀬地区は栄養豊富な黒土の土壌で、世界農業遺産に登録されている大崎耕土3)のエリアにあります。大崎耕土は大崎平野の農地を指す呼称で、鎌倉時代の1264年(文永元年)に始められた水資源管理システムを継承しており、江戸時代には仙台藩による新田開発も行われました。
現在も自然環境と共生した稲作を主体とする農業が行われている地域です。小瀬菜大根は、この世界農業遺産「大崎耕土」のブランド認証野菜にもなっています。
栽培は江戸末期頃から
小瀬菜大根の歴史には、いくつかの説があり、300年以上前の江戸時代末期頃から栽培されてきた4)とする説や150年前から5)とする説、明治初期に巡礼修行者の六部様が通りかかり、川で大根を洗っていた人に「この大根のタネをまいてみなさい」と言われたのが始まりという説6)があります。
農業生物資源ジーンバンクの在来種情報によると、「美濃国(岐阜県)で豊臣秀吉の配下で検地奉行を行っていた祖先が千葉を経由して奥州大崎氏領内に移住した。岐阜県美濃加茂市に『小瀬』という地名が今もあるので、小瀬菜大根はそこから持ち込まれた可能性がある。」7)と記しており、そうなると、さらに古い時代から栽培されてきたことになります。
時代とともに生産量が減少
長い歴史を持つ小瀬菜大根は、農閑期になると地区の農家で栽培が始まり、収穫した葉茎を塩漬けや醤油漬け、味噌漬けにして冬場の保存食にしたり、味噌汁などの汁物の具や煮物などに利用したりしてきました。
戦後も、しばらくは小瀬地区全体で栽培されていましたが、徐々に他の品種に転換され、生産量は減少の一途をたどり絶滅寸前にまでなってしまいました。
1985年頃に行政の主導で、生産に力を入れたものの取り組みは長くは続かず、一戸の農家が自家用に栽培するのみとなり8)、再び絶滅が危惧される「幻の葉大根」となってしまいました。
小瀬菜大根応援隊結成!
そんな希少価値のある地域の在来種を後世に伝えようと、2018年に地元の会社員や主婦の方々が「小瀬菜大根応援隊」を結成しました。応援隊の活動は「食べつなぐ小瀬菜だいこん」を指針として、普及のために種まき・収穫・販売(活動資金集め)・その他のイベントを行っています。
それまでは、応援隊長の横山信男氏一人だけが会社勤めをしながら栽培していましたが、応援隊の活動によって、地元の新聞やテレビ局が取材したり、地域の農業高校も栽培・普及に取組むなど9)したりして、少しずつ活動の輪が広がりつつあります。
2024年には生産農家が4軒となり、大崎耕土の学習と小瀬菜大根収穫体験プラン(日帰り)も用意されるようになりました。
伝統野菜をテーマにした初の児童文学書
小瀬菜大根の魅力を発信する小瀬菜大根応援隊は現在8名です。その仲間の一人で、加美町在住の野泉マヤさんは、地域で駄菓子屋を営むかたわら、児童文学作家としても活動しており、2024年8月に児童文学書「復活!まぼろしの小瀬菜だいこん」を出版しました。10)
同書は、伝統野菜をテーマにした初の児童文学書で、主人公の小学校6年生の鈴(すず)が、小瀬の里山で農家をする守さんや伝統野菜を応援する中学生・牧人(まきと)と出会い、伝統野菜「小瀬菜大根」の復活に取り組む物語です。
鈴が伝統野菜と出会った時の「デント―野菜って何ですか?」「エフワンシュ?」という感覚は、まさに筆者も体験したものです。農家の守さんの「小瀬菜大根が世界から消えても誰も困る人はいない」という言葉や牧人の「ぼく、種まきをしますから」との言葉には、つい涙ぐんでしまいました。
物語を通じて、地域に残る伝統野菜の危機的な状況や多様性の大切さ、その魅力や復活に向けた課題や普及活動の様子が臨場感を持って伝えられています。とても読みやすいので、子どもに限らず、多くの人に読んで欲しい図書です。
野泉さんは、「伝統野菜は地域の財産。多くの人に知って欲しい」とし、「危機的状況にある伝統野菜を子ども達に伝えたかった」と出版のきっかけを話します。
地域の人々が力いっぱい応援する小瀬菜大根をぜひ、食べて、そして物語を楽しんでみてください。いっそう味わい深いものになること間違いなしです。
書籍情報
野泉マヤ著 丹地陽子イラスト「復活!まぼろしの小瀬菜だいこん」文研出版 (2024/8/30)
小瀬菜大根応援隊の活動は、↓で配信しています。
https://twitter.com/kamikozena
https://www.instagram.com/kozenadaikon.5078/
小瀬菜大根に関するお問い合わせは小瀬菜大根応援隊まで
【引用文献】
1)農業生物資源ジーンバンク在来品種データベース「小瀬菜大根」品種情報
2)青葉 高「研究ノート わが国の野生ダイコンの変異と系譜」(1989)農耕の技術 12 94-114, p107
3)大崎耕土
4)日本スローフード協会「小瀬菜大根」
5)加美町街づくり観光協会「さや小瀬菜収穫体験」
6)食の安心・安全財団「地方特産食材図鑑/小瀬菜」
7)農業生物資源ジーンバンク在来品種データベース「小瀬菜大根」品種情報
8)日本スローフード協会「小瀬菜大根」
9)ふれあいJA広場「JA加美よつば 伝統野菜「小瀬菜大根」を後世に残す」
10)復活!まぼろしの小瀬菜だいこん 野泉マヤ 作 / 丹地陽子 絵
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