感染症は生物多様性と関係する -病原菌を緩衝する「種(しゅ)」の消失-

生物多様の減少が感染症に及ぼす影響

新型コロナウイルスの影響により、皆さまにおかれましても大変な思いをされていることと存じます。
なぜ、世界中がこのような事態になっているのか?辛く、悲しい気持ちでいっぱいです。

私たちは、子ども達、次世代の未来のためにも、今すぐ、環境問題も含め、多くのことを見直す必要があるかもしれません。

そこで、今回は生物多様性と感染症の関係について記事をまとめてみました。

「そんなこと関係あるの?」

と思われた方、ぜひ、最後までお読みください。

地球が一つの生態系であることを実感されると思います。

この時期だからこそ、耳を傾けてもらえることを願っています。

多様性ってなんだろう?

まずは、「多様性」いう言葉をおさえておきたいと思います。

最近、よく聞きますが、具体的にはどのようなことを言うのでしょう?

「多様性」とは一般的には「幅広く性質の異なる群が存在すること」です。

最近ではビジネスシーンでもよく言われていますね。

簡単に人間の場合でいうと、暑さに強い人グループ、寒さに強い人グループ、特定の病気に強い人、弱い人のグループといったイメージでしょうか?

これらの特性を持つ人たちが存在することで、暑さ寒さなど厳しい環境下でも「種」としては生き残ることができるというわけです。

「生物多様性」の定義とは?

これを提唱したのは米ハーバード大学の昆虫学・社会生物学者であるエドワード・オズボーン・ウィルソン(E.O. Wilson) 博士です。

ウィルソン博士は、「生物多様性」を次のように定義しています。

『「生物多様性」とは、種内に含まれる遺伝的多様性から、種の多様性、属の多様性、科の多様性を経て、より高次の分類群まで、すべての階層において考慮した生物の多様性のことである。またそれは、特定の生息・生育場所の生物群集と生物の生活に影響を及ぼす物理的な条件からなる生態系の多様性も含むものである。』

引用:名古屋市立大学生物多様性研究センターより

生物多様性の3つの階層

そして、生物多様性は次の3つの階層にわけて考えらえています。

1.生態系の多様性

2.種の多様性

3.遺伝子の多様性

1.「生態系の多様性」

「生態系の多様性」は、生物の群れや、それをとりまく環境をある程度、閉じた系であると見なしたときの言い方です。

海の生物、川の生物、砂漠の生物といったように、生物とそれを取り巻く水や大気、光などの無機的環境を総合的にとらえた生物社会のまとまりのことをいいます。

どこまでを一つの生態系としてみるかは、研究条件などで異なり、小さな池やサンゴ礁から地球全体まで、多段な見方がありますが、

海や山、川をはじめ森林、里地里山、河川、湿原、干潟、サンゴ礁など、いろいろな生態系があることで全体のバランスが取れています。

2.「種の多様性」

「種の多様性」とは、動物、鳥類、魚類、昆虫、植物、菌類など、さまざまな種類の生きものが生息・生育していることを言います。

たとえば、都会で生活しているとミツバチなど不要な虫と考えるかもしれません。

しかし、ハチのように花粉を雄しべから雌しべに運ぶような昆虫がいなくなると、野菜や果物、ナッツなど私たちが食料にしている農作物の生産にも大きな損失が生じます。

あるいは非常に高価な食料として価格をコントロールされるようになるかもしれません。

ほかにも、自分たちにとっては不要だと思う生物が、どこでどう作用して生態系に影響しているのかは、簡単にはわかりません。

この後、説明する感染症にも生物多様性が大きく関係しているのですから…。

3.「遺伝子の多様性」

「遺伝子の多様性」とは、同じ種に属する生物が生息地域や個体の差によって、形、模様、生態など異なる特徴をみせることを言います。

これこそ、まさに地野菜・伝統野菜にも言えること!

同じ品種でも、地域によって唐辛子が辛くなったり、果物が甘くなったりすることもそうですし、同じ畑の同じ品種でも細かったり、曲がっていたりなど均一でないのもそうです。

「遺伝子の多様性」は、種の生存と適応において重要な役割を果たします。

「種」として持っている遺伝子の種類が多いと、環境が変化しても、変化に適応して生存するための遺伝子を持っている確率が高くなります。

逆に、遺伝的多様性が低い場合には、環境の変化に適応できず、種の絶滅を招く可能性が高くなります。

遺伝子レベルでも多様な生物を守ることを重要としているのです。

(適応力で伝染性の腫瘍を克服しつつあるタスマニアデビルの話も参考になると思います。)
NASHIONAL GEOGRAPHIC

生物多様性保存は豊かな生態系を維持する

「生態系」を保全することは、そこに生息する多様な「種」を保全することになり、種を保全することは、「遺伝子」の多様性を守ることにつながります。

そして、逆の流れで「多様な遺伝子」の存在は、「多様な種」の生息につながり、そのことが「豊かな生態系の保全」をもたらします。

その相互作用の中には、私たち人類も含まれており、体の中にある常在菌や遺伝子は、生態系の影響を受けています。日本人の国民病とも言われる花粉症も、そのうちの一つです。

生物多様性の減少は私たちの健康に害を与える

では、感染症は、この生物多様性と、どのような関係があるのでしょうか。

今から10年ほど前に、アメリカ国立科学財団(NSF)から生物多様性と感染症の関係について論じた研究が発表されました。

その論文の結論から先にいうと、

「植物や動物の絶滅はあなたの健康に有害である」

ということです。

この研究の発表を報じる日本の国立環境研究所のサイトでは以下のように紹介しています。

生物多様性と感染症の関連を研究するアメリカの研究者らは、生態系中の種の喪失が、結果的に病原体の増加につながるとする論文を『ネイチャー』誌に発表した。西ナイルウイルスやハンタウイルスなど、種の減少が感染症の発生を引き起こす例は知られていたが、それが普遍的なパターンであることが判明したという。森林破壊などの環境破壊により、病原体の拡大を防ぐ緩衝機能を果たしていた種が絶滅する一方、病原体を運ぶ宿主や媒介生物が生き残る結果、感染症が増加し、健康被害を助長するとされる。病原体を増殖させる生物が生き残りやすい理由は不明だが、これを防止するには自然生息地を保全することが最良の方法だという。1950年代以降、世界の生物多様性は空前のペースで減少している。また、人口増のため、農地の開墾や野生生物の狩猟を通じて新種の病原体との接触も増えている。研究者らは、多数の家畜等を飼育する場所での慎重な監視を呼びかけている。

引用:アメリカ国立科学財団(NSF)「Biodiversity Loss: Detrimental to Your Health」より

なんと!

「病原体の拡大を防ぐ緩衝機能を果たしていた種が絶滅する一方、病原体を運ぶ宿主や媒介生物が生き残る結果、感染症が増加し、健康被害を助長するとされる。」とあります。

生物多様性の低下に伴い、感染症の伝染を抑える「種」は、消滅する可能性が最も高いのだそうです。

そして、これが「普遍的なパターン」であるというところが肝ですね!

 

また、科学誌のネイチャーに掲載されたレポートにも次の内容が書かれています。

生態系で生物多様性が減少すると、病原体の伝播および宿主の疾患に影響を及ぼして病原体が優位に立つ可能性があることが、いくつかの証拠から示唆されている。病原体は複数の宿主生物種に感染する傾向があるが、それぞれの宿主生物種の感染を維持および伝播する能力には差がある場合がある。

「生態:生物多様性はどのように疾患と闘うのか」2013年2月14日 Nature 494, 7436より

緩衝機能の役割をしてくれていた種がいなくなり、感染症は、病気の媒介動物、病気の宿主、人間の住居へと感染していくようです。

あれっ? 最近、ニュースなどで聞いたばかりのような話ですね。

感染症における環境の役割

私たちは、気づかないところで病原体を防いでいてくれた種を絶滅させてしまったのかもしれません。

ですが、一度、絶滅した「種」は復活しません。

今回の新型コロナウイルスを緩衝してくれる「種」も同様に既に絶滅したのでしょう。

なにせ普遍的なパターンなので…。

そして、当分の間、このウイルスと共存していかなければならないのです。

私たちは、知らないうちに「取り返しのつかないこと」をしているのかもしれません。

(ウイルス発生源である中国に多くの製品を作らせた私たちにも責任の一端はあるのでしょう。)

 

NIHのEIDプログラムディレクターであるJosh Rosenthalは、先の研究報告の中で、

「疾患の発生と伝染における環境変化の役割をよりよく理解することが、多くの感染症の予測と制御の両方を可能にする鍵です。

この思慮深い分析はそれらの目標への重要な貢献です。」と述べています。

 

私たちは、今こそ、本気で生物多様性に取り組まないといけない時に来ていると思います。

 

【引用・参考】

アメリカ国立科学財団(NSF)

生物多様性センター

公益財団法人世界自然保護基金ジャパン(WWFジャパン)

環境省「生物多様性と農業」

 

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