『伝統野菜×防災食』体と心に優しい食料を備蓄しよう!
防災食の備蓄率は6割弱
2026年は、年の初めから広い範囲で大雪に見舞われています。長期にわたる寒波により、道路の通行止めや鉄道の運休、航空機・船舶の欠航等の交通障害をはじめ、農業分野では、日本海側を中心に農業用ハウスの倒壊、果樹の枝折れ、農作物の凍結・根腐れなど甚大な被害が出ており、もはや災害といえます。自然災害が発生しやすい日本では、常日頃から防災・減災のための準備が必要です。特に交通網などが断絶して孤立してしまう地域では、食料調達も重要です。
しかし、防災食の備蓄は十分に行われているとはいえません。安全靴や作業着等を販売するミドリ安全株式会社が行った「2025年度 家庭での防災への取り組みや防災食(非常食)の備えについての実態調査」によると、2025年の防災食(非常食)の備蓄率は59.0%でした。備蓄がない理由は、一番が「お金がかかる」が28.1%、次いで「何を備えてよいかわからない」19.7%、「保管スペースがない」16.4%、「備えたがつい忘れてしまう」16.1%と続きました。ほかには「味が美味しくない」という意見もありました。

コスト、場所、そして味。これらの課題を解決し、備蓄率を高める方法はないのでしょうか?
そこで、今回は、備蓄率向上のための答えの一つとして、日本各地で古くから受け継がれてきた「伝統野菜」と、それを活かした「伝統的な備蓄法」をご紹介したいと思います。
古くて新しい保存食を備蓄しよう
かつての日本人は、現代のような冷蔵庫も加工食品もない時代に厳しい冬を越すために、知恵を絞って野菜を保存し、雪に閉ざされる冬や、予期せぬ飢饉を乗り越えてきました。そして、次の収穫まで生き延びてきたのです。それは、現代の私たちが抱える「備蓄の悩み」を解決する方法にも生かすことができるサバイバル術でもあります。
その代表的なものが、「干し野菜」です。「干し野菜」は、保存食として最も基本的で最強の備蓄法です。野菜の水分を抜くことで菌の繁殖を抑え、栄養を凝縮させるもので、保管方法が良ければ数ヶ月から1年以上も保たせることも可能です。そして、当時の野菜は在来種いわゆる今で言う在来種の野菜でした。(それしかありませんでしたから)だからこそ、「干し野菜」としての加工に適していたともいえます。
ほかにも「土中保存」、「漬物」、「灰まぶし」といった保存法があるのでご紹介したいと思います。
「干し」の仕組み
なぜ太陽に当てると最強になるのか?
「天日干し」は、最も基本的でかつ最強の備蓄法です。使うのは太陽と風のエネルギーのみ。水分を抜くことで菌の繁殖を抑え、栄養を凝縮させる方法です。
水分の除去による「微生物の活動停止」
食中毒菌やカビが繁殖するには水分が必要です。天日干しで水分を徹底的に抜くことで、微生物が利用できる水(自由水)をなくし、常温で数ヶ月〜1年以上の長期保存を可能にします。
紫外線による「殺菌と分解」
太陽の強力な紫外線が、表面の雑菌を殺菌します。同時に、野菜の細胞を適度に破壊し、中にある成分を変化させます。
「旨み」と「栄養」の化学変化
乾燥の過程で、澱粉(でんぷん)が糖に、タンパク質がアミノ酸に分解されます。これにより、生の状態よりも旨みが数十倍に跳ね上がります。また、紫外線に当たることで、カルシウムの吸収を助けるビタミンDなどが増加する品種もあります。
防災に役立つ「伝統的な干し方」
災害時を想定した、賢い干し野菜の知恵です。
生干し(大根など)⇒ビタミンや酵素を活かしたい場合に。
茹で干し(大根や人参など)⇒一度加熱してから干すことで、戻し時間が短縮され、災害時の貴重な燃料(ガス)を節約できます。
干し芋(乾燥芋)⇒蒸して干す(さつま芋)。糖度が高まり、そのまま食べられる貴重な即効性エネルギー源になります。
ずいき(芋がら)⇒里芋の茎を干したもの。非常に軽く、水で戻すとボリュームが出るため、戦国時代の「保存食兼ロープ(陣笠の紐など)」としても有名です。
現代の防災へのヒント:究極の「ゼロ・エネルギー備蓄」
干し野菜は、太陽が「調理」を肩代わりしてくれている状態です。災害時に火が使えない状況でも、水に浸しておくだけで食べられるため、貴重な燃料を節約できます。さらに、栄養が溶け出した戻し汁をスープとして使い切ることで、水を一滴も無駄にしない「完全食」となります。軽くてかさばらない干し野菜は、避難時の持ち出し袋に忍ばせる「モバイル備蓄」としても現代最強の選択肢です。

「土中保存」の仕組み
なぜ土の中で腐らないのか?
土の中は、外気の影響を受けにくい「天然の恒温シェルター」です。特に根菜類に用いられるエネルギーを一切使わない保存方法です。
温度の安定(断熱効果)
冬の寒風が吹く地上に対し、地下30~50㎝以上の深さでは、温度が一定(一般に約10~15℃前後)に保たれます。これにより、野菜が凍結して細胞が壊れるのを防ぎます。
適度な湿度のキープ
野菜にとって乾燥は天敵です。土の中は適度な湿度が保たれているため、野菜の水分が奪われず、収穫したてのような「瑞々しさ」を数ヶ月間も維持できます。
低酸素状態
土に埋めることで酸素の供給が制限され、野菜の「呼吸」が最小限に抑えられます。つまり、野菜を「眠らせる」ことで、自己消耗を防ぎ、鮮度を止めることができるのです。
伝統野菜と「土中保存」の相性が良い理由
改良品種の野菜は、土に埋めるとそのまま腐ってしまうことがありますが、伝統野菜には「耐える力」があります。
野生に近い生命力
伝統的な里芋や大根は、皮が厚く、外敵(菌や虫)に対する抵抗力が強いため、土の中でも簡単には分解されません。
「追熟(ついじゅく)」による旨みアップ
土の中でじっくりと時間を過ごすことで、野菜自体の澱粉(でんぷん)が糖に変わり、収穫直後よりも甘みが増す品種が多くあります。
防災に役立つ「伝統の埋め方」
「土中保存」は、災害時、食料を「隠し持つ」のではなく「大地に預ける」という発想です。
縦穴・横穴式保存
畑に深い穴を掘り、藁(わら)を敷いて里芋や大根などの野菜を埋めます。地中の温度は一定(約15℃前後)に保たれるため、凍結や乾燥を防ぎ、春先まで新鮮な状態で保存できます。
雪下野菜
雪国では雪の中に野菜を埋めます。糖分を蓄えて凍らないようにする植物の性質を利用し、保存と同時に甘みを引き出します。水はけの良い場所に穴を掘り、底に藁(わら)を敷いて野菜を並べ、その上からさらに藁と土を被せます。雪国では、この上にさらに雪が積もることで、完璧な断熱層が完成します。
「逆さ大根」の知恵
大根の葉を落として逆さに埋める手法もあります。こうすることで成長点からの萌芽(芽が出てしまうこと)を防ぎ、春先まで栄養を逃さず保存できます。
現代の防災へのヒント:ベランダや庭での「擬似土中保存」
都会に住んでいても、この原理を応用すれば立派な防災備蓄になります。
プランターや発泡スチロールの活用
庭がなくても、深いプランターや発泡スチロール箱に湿らせた砂や土を入れ、そこに大根や里芋、人参を埋めておくだけで、冷蔵庫が止まっても数週間の保存が可能です。
究極の「見えない備蓄」
「保管スペースがない」という悩みに対し、土の中やベランダの片隅を活用する。これは、災害時に周囲から食料を狙われるリスクを減らす「隠れた備蓄」としても機能します。

「漬ける」の仕組み
なぜ腐らずに「発酵」するのか?
野菜を塩や糠(ぬか)に漬けると、腐敗菌が手出しできない「特別な環境」が作られます。
浸透圧による脱水(塩の力)
塩をまぶすと、浸透圧の働きで野菜から水分が抜けます。腐敗菌が生きるために必要な「自由水」を奪い取り、菌が活動できない状態(半ミイラ化)にします。
乳酸菌による「酸のバリア」
塩に強い「乳酸菌」が、野菜の糖分をエサにして乳酸を作り出します。すると環境が「酸性」に傾きます。食中毒菌などの悪玉菌は酸に弱いため、これで野菜全体が保護されます。
酸素の遮断
糠床(ぬかどこ)の中や、重石をして水(上がった塩水)に沈めることで、空気を遮断します。これにより、酸素を好むカビや腐敗菌の侵入を物理的に防ぎます。
防災に役立つ「伝統の漬け方」
特に防災・備蓄の観点で優れた伝統の手法を紹介します。
塩蔵(えんぞう)
長期保存目的(常温)の場合、野菜の重量の15%~20%もの大量の塩で漬ける方法です。常温で数年もたせることができ、食べる時は水で「塩抜き」をします。災害時には、この塩抜きした水すらも「塩分補給のスープ」として活用できます。
糠漬け(ぬかづけ)
糠には、特にビタミンB1、B2、B6、ナイアシン、Eなどのビタミン類が豊富に含まれています。野菜をぬか床に漬けることで、これらの栄養素が野菜へ浸透し、ビタミンB1は生の野菜の約5~10倍に増加します。災害時に炭水化物(おにぎり等)ばかりを食べるとビタミンB1不足から脚気や倦怠感を引き起こしますが、糠漬けはこの栄養不足を補う「食べるサプリメント」になります。

味噌・粕漬け
味噌や酒粕自体が強力な保存食。これらに漬け込むことで、野菜のタンパク質が分解され、エネルギー効率の良いアミノ酸へと変わります。
秋田の「いぶりがっこ」のように、燻製にしてから漬けることで、煙の殺菌成分も利用した二重の防御策をとるものもあります。
現代の防災へのヒント:ローリングストックとしての漬物
冷蔵庫が止まった時、最も早く傷むのは生野菜です。
日常が備蓄に
普段から地域の伝統野菜を「浅漬け」や「古漬け」にする習慣があれば、電気が止まってもその野菜たちは数日から数週間の猶予を持って私たちを支えてくれます。
究極の腸内ケア
災害時のストレスは腸内環境を荒らします。生きた乳酸菌を摂取できる伝統的な漬物は、免疫力の要である「腸」を守る、最高の防災食なのです。
「灰まぶし」の仕組み
なぜ「灰」で腐らないのか?
「灰まぶし」は、現代の化学肥料や防腐剤がない時代に、囲炉裏(いろり)から出る「木灰(きばい)」を最大限に活用した、非常に理にかなった保存法です。一部の地域では、里芋の種芋などを保存する際に、木灰をまぶして湿気を吸い取り、切り口の雑菌繁殖を防ぐ手法が取られてきました。
「灰をまぶすだけ」というシンプルな工程ですが、そこには3つの科学的な効果があります。
強アルカリによる殺菌
木灰は強いアルカリ性です。腐敗の原因となるカビや細菌の多くは酸性の環境を好むため、灰をまぶすことで表面を強力に殺菌し、菌の増殖をブロックします。
吸湿と乾燥(コーティング)
灰は非常に細かい粒子で、湿気を吸い取る力が強いです。野菜の切り口や表面の余分な水分を吸い取り、カチッとした「保護層」を作ることで、外部からの菌の侵入を防ぎます。
呼吸の抑制
野菜も生きて呼吸をしており、エネルギーを消費して老化していきます。灰で薄くコーティングすることで、適度に呼吸を抑え、鮮度を長持ちさせる効果があると言われています。
具体的な保存法(伝統的な里芋の例)
伝統的な農家では、以下のように「灰まぶし」を行っていました。
- 切り口にまぶす: 里芋を分ける際に出た傷口や切り口に、まだ温かさの残るような新鮮な木灰をたっぷりと付けます。
- 埋設保存: 灰をつけた芋を、藁(わら)を敷いた穴や、もみ殻を入れた箱の中に並べます。
- 春まで休眠: これにより、湿気の多い土の中でも腐ることなく、春の植え付け時期まで元気な状態を保つことができます。
「灰まぶし」で作る伝統野菜の逸品
保存法としてだけでなく、「灰」を使って美味しさを引き出す伝統的な調理法も存在します。
灰わかめ(徳島県・鳴門などの伝統): 収穫したわかめに木灰をまぶして乾燥させます。灰のアルカリ成分が、わかめの鮮やかな緑色をキープし、食物繊維を適度に柔らかくして、長期保存を可能にします。食べる時は水で洗うだけで、驚くほど鮮やかな色が蘇ります。
灰干し(はいぼし): 魚や野菜を直接日光に当てるのではなく、灰の中に埋めて水分を抜く技法です。酸化を防ぎながらじっくり水分が抜けるため、天日干しよりも身がふっくらと仕上がります。
現代の防災へのヒント:草木灰は多機能防災アイテム
現代の家庭で木灰を用意するのは難しいかもしれませんが、この「アルカリで守る」「湿気をコントロールする」という考え方は防災に活かせます。
「草木灰」の備蓄
園芸用の草木灰(ホームセンターで入手可能)は、野菜の保存だけでなく、災害時に水が使えない際の簡易トイレの消臭・殺菌、さらには傷んだ土壌の改良にも使える多機能な防災アイテムになります。

伝統野菜が保存野菜に適している理由
一般的な野菜(F1種)と伝統野菜(固定種・在来種)とでは、保存した場合に大きな違いが生じます。それは、一言で言うと「細胞の密度と、生き残るための生存本能の差」ともいえるかもしれません。
➀乾燥しても厚みと形がよい
スーパーで販売されている一般的な野菜の多くは、成長が早く、みずみずしくて柔らかいことが重視されています。そのため、細胞内に水分を多く抱え込んでいます。これに対して、伝統野菜は、その土地の厳しい気候でじっくり育つため、細胞が細かく、身がギュッと詰まっています。この二種類の野菜を干すと、一般の野菜はなかなか乾燥しにくく、乾燥するとスカスカになりがちですが、伝統野菜は、乾燥しても「厚み」や「形」がしっかり残り、戻した時の食べ応えが格段に良いという特徴がみられます。
②野菜のアクやエグミが味わいに
また、皮や灰汁(アク)にも違いがあり、これが干したり、漬けたりした後の味わいに影響します。一般的な野菜は、生で食べた時の口当たりの良さを追求しているため、皮が薄く、アクやエグミが少なくなるように改良されています。これに対し、伝統野菜は、自然の中での外敵や厳しい環境から代々、身を守ってきたため、皮に抗酸化物質(ポリフェノールなどのアク)を豊富に含んでいます。
伝統野菜が持つ皮は加工の工程での腐敗を防ぐ「天然のバリア」になります。また、生ではエグミに感じられたアクが、乾燥・熟成されることで深いコクや滋味へと変わり、調味料が少ない非常時でも満足感のある味わいを生み出します。
③栄養価を効率的に摂取
伝統野菜は、根を深く張り、地中の微量ミネラルを吸い上げる力が強いため、もともとの栄養価が高い傾向にあります。ミネラル等の含有率も伝統野菜の方が多く含まれている品種が多いことが研究でも示されています。保存食にした場合も、ビタミン・ミネラルの含有量が多い伝統野菜の方が多く、災害時に不足しがちなカリウム、カルシウム、鉄分を、ごく少量の干し野菜から効率的に摂取できます。
➃伝統野菜が持つ復元力
一般的な野菜の場合、一度乾燥させてから水に戻すと、細胞が壊れてグニャリと柔らかくなりすぎることがあります。伝統野菜は、細胞壁が強いため、水で戻してもシャキシャキとした食感や、野菜本来の強い香りが鮮やかに蘇ります。これは腐った野菜と枯れた野菜ほどの違いがあるかもしれません。伝統野菜の干し野菜は、非常食にありがちな「どれを食べても同じような食感」という問題を打破し、五感を刺激して食欲を呼び起こしてくれます。
このように、保存野菜を作るのであれば、圧倒的に伝統野菜に軍配があがります。皆さんにも、ぜひ、伝統野菜の干し野菜を防災食に取り入れて欲しいと思います。
伝統野菜の知恵を未来を守る力に変える
近年、私たちはかつてない気候変動や自然災害の脅威に直面しています。防災食の備蓄において「コスト・場所・味」が大きな壁となっている今、日本各地で受け継がれてきた伝統野菜と、その保存の知恵は、私たちに鮮やかな解決策を提示してくれています。
太陽の力で旨みと栄養を凝縮させる「天日干し」、大地のぬくもりで瑞々しさを守る「土中保存」、微生物と共に命を繋ぐ「発酵」、そして灰の力で腐敗を退ける「灰まぶし」。
これらの技法は、単なる「古いやり方」ではありません。 F1種にはない「細胞の密度」と「生き抜く本能」を宿した伝統野菜だからこそ効果的な究極のサバイバル・テクノロジーです。
そして、伝統野菜を干したり、漬けたりして備蓄することは、単に災害に備えるだけではありません。それは、日々の食卓に深い滋味をもたらし、私たちの体を健やかに整えてくれる「最高のご馳走」をストックすることでもあります。そして、伝統野菜を守ることにもつながります。
お金をかけずに、旬の力強い野菜を自らの手で加工する。保管場所に悩まず、キッチンの隙間やベランダの片隅を「小さな備蓄基地」にする。何より、心から「美味しい」と思える食糧で自分と家族を守る。
防災リュックに詰め込まれた既製品の隣に、太陽の光をたっぷり浴びた伝統野菜の干し野菜を一つ、加えてみませんか?
先人たちが何世代にもわたって命を繋いできたその知恵は、時を超え、現代を生きる私たちの心と体を支える、最も優しく、最も力強い味方になってくれるはずです。
【参考資料】
一般社団法人国土技術センター「自然災害の多い国 日本」
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