日本の伝統果樹一覧 ~葡萄(ぶどう)編~

皆さん、毎年11月の第3木曜日に世界中が注目する、あのフレッシュな新酒のワインはもう楽しまれましたか?

そう、フランスボジョレー地区から届く、ボジョレー・ヌーヴォー (Beaujolais Nouveau) です!
このワインが特別なのは、収穫されたばかりのブドウの生命力をそのままボトルに閉じ込めた「究極のフレッシュさ」にあるからです。

今年のブドウがどんな個性を持ち、どんな物語を語るのか? その一年のテロワール(土地の個性)を感じることは、ワイン愛好家にとって最高の楽しみでょう。

この記事では、世界中で嗜まれるワインの原料となるブドウの歴史と、日本の伝統果樹としてのブドウ品種をご紹介します。二十歳未満の方には、未来の自分のために残しておくべき在来種の価値を考える契機にしていただければ幸いです。

お酒は二十歳になってから

ブドウの起源と栽培の始まり

黒海とカスピ海沿岸が起源地

世界に1万種類以上あるといわれるブドウ。今では、品種改良の取り組みにより、粒の大きさや風味などが異なるさまざまな品種が生み出されています。

そんなブドウの起源はとても古く、数千年前の古代文明にまで遡ります。紀元前8000年頃にはすでに野生種のブドウを利用していた証拠があり、特に黒海とカスピ海沿岸(コーカサス地方、中近東)がヨーロッパブドウ(Vitis vinifera)の起源地とされています。また、紀元前6000年頃のメソポタミア文明や、紀元前3100年頃のエジプト初期王朝時代の墳墓からも、ブドウの種やワイン製造の痕跡が発見されています。古代エジプトの壁画にはブドウの収穫や破砕の様子が描かれています。

これらのことからも、古代文明の時代から、乾燥した土地でも育つブドウを栽培しワインを製造してきたことがわかります。ワインは、宗教儀式や社交の場で、極めて重要な役割を果たしてきました。

時代 紀元前 地域 出来事
約1万年前 紀元前8000年頃 黒海・カスピ海沿岸 (コーカサス地方) ブドウ(Vitis vinifera)の野生種がこの地域に自生。人類による利用が始まる。
約8,000年前 紀元前6000年頃 メソポタミア地方 初期農耕文明において、ブドウの利用(種や果実)が行われ始める。
約7,000〜7,500年前 紀元前5000〜5500年頃 ジョージア地方 ブドウの栽培化と、ワイン醸造の最古級の確固たる痕跡(土器の残渣など)が見つかる。
約5,000年前 紀元前3100年頃 古代エジプト ワイン醸造が盛んに行われ、王族の墳墓にブドウの収穫やワイン製造の様子が描かれる。ワインが宗教儀式や上流階級の飲み物として重要になる。
約3,000年前 紀元前1000年頃 地中海沿岸 (ギリシャ・イタリア) フェニキア人や古代ギリシャ人によってブドウ栽培技術が地中海全域に広まる。ワインが文化の中心となる。
紀元前27年 ローマ帝国 ヨーロッパ全域 ローマ帝国の拡大とともに、ブドウ栽培がフランス(ガリア)やドイツなどヨーロッパ全域に伝播・定着し、現代の主要なワイン産地の基礎が築かれる。

世界への拡大

ブドウが世界に広まっていったのは、ギリシャ・ローマ時代からです。紀元前1000年頃、フェニキア人やギリシャ人によってブドウ栽培が地中海沿岸に広まりました。古代ギリシャでは、ワインはディオニュソス神話と結びつき、文化的中心となりました。

さらに、ローマ帝国の拡大に伴い、ブドウ栽培はヨーロッパ全域(現在のフランス、ドイツ、スペインなど)に伝播し、栽培技術が体系化されました。

中世になり、ローマ帝国が崩壊した後は、キリスト教の修道院がブドウ栽培とワイン製造の中心となり、技術と品種の保存・発展に大きな貢献をしました。ブルゴーニュやボルドーなど、現代の有名産地の基礎はこの時代に築かれています。

やがて、16世紀以降の大航海時代になると、ヨーロッパの植民者や宣教師によって、ブドウ(ヨーロッパブドウ)が南北アメリカ、オーストラリア、南アフリカといった新大陸に持ち込まれ、世界的な栽培が確立しました。日本へは、シルクロードを経由して奈良時代に伝来したという説が有力です。その系統のブドウが鎌倉時代には現在の山梨県甲州市で栽培されていたとされます※1

現在、ヨーロッパのワイン用ブドウの歴史と遺伝的祖先を解明する研究が進められています※2

このように、ブドウは、人類の歴史に長く寄り添ってきた果物ですが、その用途は、世界的にはワインの原料とするのが主流で、日本のように生食で食べるのは少数派です。

※1 農研機構「ブドウのお話」
※2 nature asia「遺伝学:ヨーロッパのワイン用ブドウの起源」

世界のブドウの食し方

ブドウは世界で最も収穫量の多い果物ですが、その用途は地域や品種によって大きく異なります。日本のように生食で食すのは少数派で、世界のブドウ総生産量の約8割は主にワインの原料として利用されています。

ワイン用途が世界の主流

ヨーロッパをはじめとするワイン文化圏では、「ブドウ=ワインの原料」という認識が一般的です。皮や種も一緒に、あるいは加工することを前提に栽培されています。ブドウ品種は、その果皮色から黒ブドウ(黒紫色品種)、赤ブドウ(赤紫色品種)、白ブドウ(黄緑色品種)の3 種類に分類されます。その果皮色から赤ワイン、白ワイン、ロゼなどが製造されます。

世界的に著名なブドウ品種としては、カベルネ・ソーヴィニヨン、ピノ・ノワール、シャルドネ、リースリングなどヨーロッパブドウ(Vitis vinifera)があります。

ワイン倉庫 写真:PhotoAC by 歩くと幸せ氏

生食・ジュース・その他の用途

◎生食

世界的な観点から見ると、ブドウを生で食べる文化は、水分が豊富でそのまま果物を楽しむ日本や、アジアの一部地域を除くと、比較的少数派です。

たとえば、フランスなど一部のヨーロッパ圏では、皮や種を気にせず房のまま食べることが一般的で、皮に栄養があるという意識もあります。日本のようにツルリと皮を剥いて食べる「デラウェア」のような品種は、日本の気候で成功したアメリカブドウ系に多く、独特の食べ方です。

◎ジュース・干しブドウ

アメリカ大陸原生のアメリカブドウ(コンコードなど)は、ヨーロッパブドウの栽培が困難だった地域で根付き、主にジュース(ブドウ特有のフォクシーフレーバーを持つものが多い)やジャムなどに利用されてきました。また、乾燥させた干しブドウ(レーズン)も古代から重要な保存食として利用されています。

シュトーレンに使うレーズン 写真:PhotoAC by 涼風氏

◎料理

中東や地中海沿岸地域では、ブドウの果実だけでなく、ブドウの葉で米や挽肉を包んで煮込む料理「ドルマ(Dolmades)」のように、料理の食材としても利用されています。

ドルマ 写真:PhotoAC by ojyooon氏

◎入浴剤

古くから地域によっては野生のブドウを入浴剤に利用してきました。山梨県笛吹市や長野県須坂市などのブドウを名産とする地域では、ブドウやその加工品を特色ある入浴剤(ぶどう風呂)として利用する事例があります。また、神奈川県川崎市の農業生産法人のカルナエストは、ワインの醸造時に発生するブドウの搾りかすを利用したバスソルトを開発しています。

世界を魅了する日本のブドウ

このような長い歴史を持ち、ワイン用としての需要が主流のブドウですが、近年、日本のブドウと、それで造られる日本ワインは、世界中のワイン愛好家や美食家から熱い視線を浴びています。

右肩上がりの輸出実績

日本のブドウの品質の高さは海を越えて評価されており、輸出量は2014年の549トンから10年間で4倍以上に増加し、2024年には2,271トンに達しました。特に、シャインマスカットやピオーネ、巨峰といった大粒の生食用ぶどうは、贈答品文化のある香港、台湾、シンガポールなどのアジア諸国で圧倒的な人気を誇っています※3

農林水産省「令和6年(2024年)農林水産物・食品の輸出実績(品目別)」より

また、日本のブドウで造られたワイン、すなわち日本ワインの世界的評価は、近年、目覚ましい成長を遂げており、「世界レベルの品質を持つ」という認識が国際的に確立されつつあります。

※3 農林水産省「奥深いブドウの世界」

日本ワインの世界的評価は?

ここ10年ほどで、日本ワインは「デキャンター・ワールド・ワイン・アワード(DWWA)」や「インターナショナル・ワイン・チャレンジ(IWC)」といった世界的な権威を持つコンクールで、毎年多数のメダル、特に最高位の金賞や地域最高賞を獲得しています。

2014年には「キュヴェ三澤 明野甲州 2013」がDWWAで日本ワインとして初の金賞および地域最高賞を受賞しています。また、メルローやバッカスなどの国際品種を使った日本産ワインも高評価を受けています。

このような受賞によって、国際的なワイン図鑑に日本ワインのページが割かれるようになったり、世界の著名なワインジャーナリストが日本を訪れて取材を行ったりするなどしており、日本ワインが「一部のマニアの楽しみ」から「国際市場で通用する高品質なワイン」へとステータスを上げたことが示されています。

2018年からは、国税庁の定める「日本ワイン」の地理的表示基準により、日本産のブドウを100%使用し、日本国内で製造されたもののみが「日本ワイン」と表示できるようになりました。

主なブドウの在来種

ワインの国際的な躍進を支えているのは新しい品種だけではありません。

その人気の秘密の裏には、日本独自の気候風土で育まれ、数百年もの時をかけて受け継がれてきた「在来種(固有種)」の存在があります。これらの品種は、日本の繊細な気候風土と深く結びつき、世界中の国際品種にはない独自の個性を確立してきました。

ここでは、日本における伝統果樹としてのブドウ品種をご紹介します。

また、近年、野生種のブドウが育種素材や有効成分で着目されているので、これらも含めてご紹介します。野生のブドウで食べられるのは、エビヅル、サンカクヅル、ヤマブドウの3種です。ノブドウは食用には適しませんが薬用素材として活用されるので記載します。

※アマヅル(Vitis saccharifera Makino)は「オトコブドウ」とも呼ばれるブドウ科ブドウ属の植物で、古くは茎から採れる甘い樹液を煮詰め甘味料として利用された歴史があるといわれます。熟した果実は黒色で、甘くて食べられる植物(一部絶滅危惧種)ですが、現在、一般的な利用はされていないので除きました。

※自生種を探索する場合は、ブドウの実とよく似た外観で、毒性の有るアオツヅラフジ(Cocculus trilobus)、マツブサ(Schisandra repanda)、ヨウシュヤマゴボウ( Phytolacca americana)や毒性はないもののヤマガシュウ (Smilax sieboldii)などの植物があるので、必ず専門家やガイドの方と同行してください。

蝦蔓(エビヅル)

【学名】Vitis ficifolia 別名:ミツバブドウ (Nakai 1914) ※4

【産地】北海道南部、本州、四国、九州などの山地や丘陵地に普通にみられる。

【特徴】黒紫色品種。山野に自生する野生ブドウの一種。ヤマブドウに似ている。熟した実の大きさは5㎜ほど。色は藍黒色。食べることはできるが甘酸っぱく、果汁はエビヅル臭という青臭い臭いを有するため、果実としての品質評価は一般的に低い。

【由来】実がエビの目に似ていることから名付いたとされる。晩秋に実が熟し、俳句の晩秋の季語にもなっている。

【利用】果実は生食、ジャムやジュース。葉裏の毛茸をモグサ代わりに利用する。

「リュウキュウガネブ」はエビヅルの変異種とされている。

※4 米倉浩司・梶田忠 (2003-) 「BG Plants 和名-学名インデックス」(YList)( 2025年11月26日)

エビヅル  写真:PhotoAC by Kancyan氏

琉球葡萄(リュキュウガネブ)

【学名】Vitis ficifolia Bunge var. ganebu Hatus.

【産地】奄美諸島以南の琉球列島

【特徴】黒紫色品種。実の大きさは直径5~6㎜。黒く熟す。果皮にアントシアニンを高濃度で蓄積する。食べると甘酸っぱい味がする。エビヅルの変種とされる。ほかのエビヅル近縁種と異なり、休眠性が低く、沖縄では常緑で四季成り。※5

【由来】「ガネブ」とは九州地方の方言で、ブドウの意味。自生できる環境が激減し、種が絶滅してしまう可能性を危惧し、4名の生産者が県内各地から自生しているものを見つけ、苗木を採取し、恩納村で栽培を始めている。

【利用】リュウキュウガネブの葉から抽出したエキスを含有した化粧水が市販された事例がある※6。葉エキスの主成分はレスベラトロール。

※5 うちなー通信「リュキュウガネブ」
※6 味の箱舟登録食品「リュキュウガネブ」

三角蔓(サンカクヅル)

【学名】Vitis flexuosa var. flexuosa 別名:ギョウジャノミズ、アツバサンカクヅル

【産地】本州、四国、九州、奄美大島

【特徴】黒紫色品種。実は直径6~8(10)㎜の球形。黒く熟すと甘くて美味。種子は2~4個入る。

【由来】葉が三角形に近いことから名付けられた。別名のギョウジャノミズは「行者の水」の意味で、山中で修行する僧(行者)が蔓を切り、その中の水でのどを潤したという伝説にちなむ※7。変種にコバノサンカクヅル、ケサンカクヅル(本州南部、四国に分布)、ウスゲサンカクヅル(本州北部に分布)がある。

【利用】生食、ジュース、ジャム※9

青森県むつ市下北圃場栽培のサンマモルワイナリーでは、志村葡萄研究所がサンカクヅルとピノ・ノワールを交配させた醸造用のオリジナル品種「北の夢」でワイン醸造している※10

※7 牧野富太郎著、邑田仁・米倉浩司編『APG原色牧野植物大図鑑I』北隆館(2012)p482

※8 三河の植物観察「ブドウ」
※9 水と森のあきた「樹木シリーズ229 サンカクヅル、エビヅル」
※10 ”北の夢” サンマモルワイナリーの世界で唯一の葡萄品種

サンカクヅル 写真:PhotoAC by Kancyan氏

山葡萄(ヤマブドウ)

【学名】Vitis coignetiae (Vitis amurensis var. coignetiae)

【産地】北海道、本州、四国。東北を中心に日本各地に自生する野生種。岩手県久慈地方などでは圃場での栽培を行っている※11

【特徴】黒紫色品種。野生ブドウの代表格。果実は直径8 – 10㎜。生食できる。味は甘酸っぱい。酸味が強いが霜に当たるころには甘くなる。ポリフェノールが豊富。一般のブドウに比べると種子は大きい。日本の気候風土に適応した土着品種で、地域ごとに特徴が異なる。品質は安定しないが、日本の在来種として見直す動きがある。

【由来】和名のヤマブドウは、文字通り「山野に自生するブドウ」という意味。学名のVitis coignetiaeの由来は、明治時代に日本政府が鉱山技術指導のために招聘したフランス人技師、フランソワ・コアネ氏(François Coignet)が、日本滞在中にこのヤマブドウに注目し、フランスに報告した功績を称えて名付けられた。

【利用】力強い酸味と渋味を持つことから、近年、ワイン、ジャム、ジュースの原料として活用する動きがある。

育種素材としての利用もある。近年、ヤマブドウを交配した日本固有品種が増えている。ヤマブドウに由来する強い酸味や独特の風味は、ブレンドワインにおいても高い補助機能を果たし、ワインの味わいに奥深さと調和をもたらす。

写真:PhotoAC by さつそら氏

【ヤマブドウの系統】

ヤマブドウにはいくつかの系統がある※12

「御坂系ヤマブドウ」とは、山梨県笛吹市の御坂峠に自生する種でいわゆる一般的な二ホンヤマブドウ(Vitis coignetiae)。隔年収穫性。御坂峠の自生種には、大房系であるが房数は少ないものや、小房系であるが豊産性のもの、雄性株のものなどがある。

「広瀬系ヤマブドウ」山梨県三富村広瀬に自生する種で糖度が高く、大房系。

「嵯峨塩系ヤマブドウ」山梨県大和村嵯峨塩に自生する種で糖度が高く、大房系。

「富岡系ヤマブドウ」北海道乙部町緑町に自生する種で、富岡農場選抜ヤマブドウ。糖度が極めて高く、20度を越す。年によっては24度を記録する。富岡農場では栽培種としている。

「池田系ヤマブドウ」北海道池田町に自生する種。アムレンシス系(Vitis amurensis(Maxim.)Rupr.)に属するのではないかといわれている。池田町ぶどう・ぶどう酒研究所の選抜ヤマブドウである。池田町では交配用の母本としても使用している。

「タケシマヤマブドウ(Vitis coignetiae var. glabrescens)」は葉の裏面が無毛に近いがヤマブドウの変種。

【ヤマブドウの交配種】

ヤマブドウを交配して育種した代表的なヤマブドウ系品種には、「山幸(やまさち)」や「ヤマ・ソーヴィニヨン」「ヤマ・ブラン」「小公子(しょうこうし)」「ふらの2号」などがある。

「山幸(やまさち)」は、北海道中川郡池田町で独自に品種開発した品種で、日本のワイン用ブドウ品種として2020年にOIV(国際ブドウ・ワイン機構)に品種登録された※13

「ヤマ・ソーヴィニヨン」は、山梨大学山川祥秀氏作出の赤ワイン用品種で、1978年にヤマブドウと世界的な品種カベルネ・ソーヴィニヨンを交配させた品種で、ヤマブドウの野性味と、カベルネのエレガントな骨格を併せ持つ。1990年品種登録している※14

「ヤマ・ブラン」は、同じく山梨大学(山川祥秀教授)作出の白ワイン用品種で、日本の山葡萄とヨーロッパ品種ピノ・ノアールとの交配品種。黄色から青色がかった小粒のブドウで酸味がしっかりしている※15。2000年に品種登録している。

「小公子(しょうこうし)」は、日本葡萄愛好会の澤登晴雄氏が開発した野生ブドウ系とされる黒ブドウ品種。極めて小さい粒でバラ房が特徴。野趣ある香りと豊かな酸が特徴※16

「ふらの2号」は、北海道富良野に自生している山ぶどうとセイベル種を交配させた品種。寒さと病気に非常に強いという山ぶどうの特性を持つ。また、糖度が高いのも特徴※17

2023年に秋田県で初めてヤマブドウ系品種に特化したワインコンクールが開催され、注目を集めた。

※11 フードアルチザン「山ぶどう」
※12 山梨大学ワイン科学研究センター「ぶどう育種試験地における植付けぶどう品種一覧」
※13 池田町ブドウ・ブドウ酒研究所「池田町独自品種「山幸(Yamasachi)」が国際ブドウ・ワイン機構(OIV)で品種登録へ」
※14 株式会社 植原葡萄研究所「品種リスト」
※15 白山ワイナリー「山ぶどうの紹介>ヤマ・ソーヴィニヨン」
※16 白山ワイナリー「山ぶどうの紹介>ヤマ・ブラン」
※17 北海道川上総合振興局「富良野市ぶどう果樹研究所『ふらのワイン』」

野葡萄(ノブドウ)

【学名】Ampelopsis brevipedunculata
別名:ウマブドウ、ドスブドウ、ドクブドウ、ブス、ニシキブドウ、ゴシキブドウ、イヌブドウ、サトウエビなど※18※19

【産地】北海道から沖縄まで日本全国の山野や野原、草原に自生

【特徴】食用のブドウ科ブドウ属ではなく、ブドウ科ノブドウ属に属する。毒性はないが、味は渋味と苦味が強く、生食には適さない。カラフルに色づく美しい実になるが、ブドウタマバエなどの幼虫の寄生による虫こぶの場合がある

【由来】名前は文字通り「野に自生するブドウ」という意味。別名は多く、食用としての価値がなく人が食さないことからウマ(馬)やイヌ(犬)が付けられたり、彩りのある実がなることからニシキ(錦)、ゴシキ(五色)などの名でも呼ばれる。

【利用】虫こぶのない実は、毒性はないため、果実酒の材料として活用できる。若い芽は山菜として食べられたりする。葉や茎、つるには薬効があるため、民間薬やお茶、サプリメントとして利用される。蛇葡萄(ジャホトウ)、蛇葡萄根(ジャホトウコン)といった生薬※20にも使われる。

※18  オザキフラワーパーク「ノブドウ(野葡萄)」
※19  水と森の郷あきた「樹木シリーズ157 ノブドウ」
※20  熊本大学薬学部薬用植物園植物データベース「ノブドウ」

ノブドウ 写真:PhotoAC by 唐紅5656氏

甲州(こうしゅう)

【学名】Vitis sp. cv. Koshu

【産地】主に山梨県。ほか島根県、山形県、長野県など

【特徴】日本が誇るブドウ品種。最古の在来種とされる日本固有の白ブドウ品種。果皮は薄い藤紫色や灰色(グリ系)をしており、実は繊細で上品な味わい。近年、柑橘系の香気成分の前駆体が含まれることが明らかになった。甲州ブドウについては数多くの研究報告がある。

【由来】甲州は、日本固有の品種であるが、ゲノム解析によって、ヨーロッパ系(Vitis vinifera)と、中国の野生種(Vitis davidii)が交雑した品種であることが判明している※21。1000年以上前にシルクロードを経由して日本に伝わったと考えられている。野生ブドウ同様,渡り鳥 によって国外から種子がもたらされたのではないかという説もあるが一般的ではない。

甲州の発見の起源は諸説あり,雨宮勘解由(あめみやかげゆ)説、行基伝来説がある。雨宮勘解由説は、1186 年(平安時代末期)に、甲斐の国(現:山梨県勝沼)に住む雨宮勘解由という人が石尊宮(せきそんぐう)の祭りに参詣した帰り道に、山ブドウとは異なる形態のブドウを見つけ、「これは石尊宮の賜物(たまもの)であろう」と庭に植えたのが始まりとする説。

行基伝来説は、718 年(奈良時代初期)行基上人が西方より来て、甲斐国内を遍歴し、日川の岸の岩の上で 21 日間静座して祈願したところ、ブドウを手にした薬師如来が現れたため、霊感に従い、甲州市勝沼町に大善寺(だいぜんじ)を建立してブドウを植えたのが始まりという説がある。同寺は「ぶどう寺」とも呼ばれている。

【利用】生食、白ワイン用。ワインにすると控えめながらも複雑な香りと、エレガントな酸味が特徴。日本食との相性が良く、魚介類や出汁を使った料理など、繊細な味付けが多い日本食の風味を邪魔することなく、寄り添うような味わいは国際的にも高く評価されている。2010年に国際ブドウ・ワイン機構(OIV)に品種登録された。これによって「甲州」は日本の固有品種として世界に認められるようになった。

※21 酒類総合研究所広報誌№27「『甲州』ブドウのルーツ」(2015)

甲州ぶどう 写真:PhotoAC by さくら卯月

甲州三尺(こうしゅうさんじゃく)

【学名】Vitis vinifera var. koshu

【産地】山梨県甲州市勝沼町

【特徴】甲州ぶどうの中でも特に房が長くなる品種。房の長さが30〜50cm、時に70㎝になる。果房重は2〜5kgになることもある。他の甲州ブドウと同様に糖度も高く、甘酸っぱい酸味もある。

【由来】日本古来の希少な品種。三尺とは房の長いことを表わすが、果房が短冊型のため甲州短冊が甲州三尺と転化したともいわれる※22

【利用】交配種の親、鑑賞用、生食やレーズンなど。市場にはほとんど出回らない。

※22 山梨大学ワイン科学研究センター「ぶどう育種試験地における植付けぶどう品種一覧」

葡萄畑 写真:PhotoAC by ピノノワール氏

紫(むらさき)

【学名】???

【産地】大阪府

【特徴】小粒であり酸味が強いことから栽培農家が激減し、絶滅したと考えられてきた※23

【由来】古い文献には「紫葡萄」という名前が残されている。豊臣秀吉の朝鮮出兵のころに大陸から伝わり、400年近く前の天正時代から明治初期まで大阪で栽培されていたとされる※24。この「紫ブドウ」については、「甲州」と同じであるという説と、異なる品種であるとする説がある。現存する「紫ブドウ」は、大阪府環境農林水産総合研究所に保存されている 1 樹のみが知られており、この「紫ブドウ」と「甲州」の DNA の SSR解析を行ったところ、両サンプルは一致した※25。しかし、「紫」と「甲州」は異なる品種であったが混在して栽培されていたため、分析した「紫」は「甲州」が誤って保存されたものであるという可能性も否定できないことも報告されている※26。現時点では、少なくとも現存する「紫」は「甲州」と同じ、または非常に近い品種であることが示された。

【利用】ワイン

※23 日本ワイン.jp「幻のブドウ品種「紫」とは?甲州との関係も深かった!」
※24 日本ワイン.jp「幻のブドウ品種「紫」とは?甲州との関係も深かった!」
※25 後藤(山本)奈美et al.「ブドウ‘紫’と‘甲州’のSSR解析およびアントシアニン分析による比較」J. ASEV Jpn., Vol. 19, No. 3: 114-118 (2008)
※26 後藤(山本)奈美 et al.「DNA 多型解析による甲州の分類的検討」(2011)日本醸造協会誌

竜眼(りゅうがん)/善光寺葡萄(ぜんこうじぶどう)

【学名】Vitis vinifera L. cv. ‘Longyan’

【産地】主に長野県(特に善光寺平、安曇野平、松本平)

【特徴】薄いピンク色を帯びた繊細な風味のブドウ。爽やかな酸味とすっきりとした後味が特徴。

【由来】「竜眼」はカスピ海周辺が原産と考えられる品種で、明治時代に中国経由で日本に伝来したという説が有力。日本では長野県を中心に栽培され、白ワインの原料として用いられている。長野県固有の白ワイン用ブドウ品種で、長野市近郊では「善光寺葡萄(ぜんこうじぶどう)」、上田地方では「和田龍(わだりゅう)」などと呼ばれていたが、1928(昭和3)年に名称は「善光寺」と統一された※27

【利用】食用としても扱われてきたが、現在はワイン造りに適した品種として知られている。

※27 知っていたい,こんな品種(75)ブドウ「竜眼」~ワイン用品種「善光寺」として復活~

聚楽(じゅらく)

【学名】???

【産地】京都府

【特徴】甘みが強く、ほどよい酸味がある白ワイン向けのブドウとされている。

【由来】「聚楽ブドウ」は、古い文献にも名前が残されている日本の在来ブドウ品種である※28。安土桃山時代から栽培の記録が残されており、かつては京都で古くから栽培されていたが、1970(昭和45)年代に絶滅したと考えられていた。

2012(平成24)年に、「聚楽ブドウ」を探していた大和葡萄酒(山梨県甲州市)社長の萩原保樹氏が、京都市東山区の高台寺(こうだいじ)近くの民家の庭先でブドウの樹を発見※29。樹齢100年近い、その樹が「聚楽ブドウ」または、その子孫の可能性があるとして、京都府立大学に調査を依頼。ゲノムDNA解析により、独自の由来品種であることを明らかにした※30

【利用】現在、品種の保存やワイン造りを目指して研究が進められている。

※28 後藤(山本)奈美 et al.「DNA 多型解析による甲州の分類的検討」(2011)日本醸造協会誌
※29 Wikipedia「聚楽(ブドウ)」
※30 京都地域未来創造センター「絶滅したと考えられた京都固有在来ブドウ品種‘聚楽(じゅらく)’の復活と新たな利用方法の確立」

高浜ぶどう(甲州種)

【学名】Vitis vinifera

【産地】天草市高浜

【特徴】甲州種。

【由来】1879(明治12)年頃から栽培されるご当地ブドウ。中国との交流の末にもたらされたという説や、国産ワインを普及させるために全国各地へ頒布された明治時代の苗が原種であるという説など諸説ある。一時は栽培が途絶えかけたが、2009年から高浜地区の住民有志による「高浜ぶどう復活プロジェクト」が開始されている。

【利用】ワイン

シマノタネ「文豪を魅了した『高浜ぶどう』のお話

明治時代に導入された主な品種

日本では、明治時代(1868年~1912年)の殖産興業政策の一環として、ブドウ栽培とワイン醸造を奨励し、多くのヨーロッパ系とアメリカ系のブドウが導入されました。しかし、ヨーロッパ系のブドウ(ヴィティス・ヴィニフェラ系品種)の多くは、日本の湿潤な気候に適さず、栽培に失敗しました。その一方で、湿気に強いアメリカ系ぶどう(ラブラスカ種)は、日本の気候に適応して広く普及しました。

現代の日本の主要な生食用ぶどう品種(巨峰、ピオーネなど)は、これらヨーロッパ系とアメリカ系の交配によって生み出されたものが多くあります。

当時の導入品種としては以下のものが主要品種として残っています。

【ヨーロッパ系】

メルロー(Merlot)

フランスのボルドー地方が原産の赤ワイン用の国際品種。明治時代にはすでに苗木が輸入されていたといわれている。日本では長野県の塩尻市周辺が名産地として知られている。

メルロー 写真:PhotoAC by ピノノワール氏

マスカット・オブ・アレキサンドリア (Muscat of Alexandria):

白ワインや生食用に使われる品種で、1876年にアメリカ人農学者のW.P.ブルックスが持ち込んだ西洋品種の一つ。温室栽培でのみ成功し、現在も岡山県などで栽培されている。

マスカット・ハンブルグ(Muscat Hamburg)

イギリスでブラックハンブルグとマスカット・オブ・アレキサンドリアを交配して作出された紫紅色大粒種。 明治時代(1868年~1912年)の初期または中期に導入された。明治時代のブドウ導入で日本に導入され、単なる生食用としてだけでなく、日本の風土に合った品種を生み出すための育種の親としても貢献した品種である。

【アメリカ系】

デラウェア(Delaware)

アメリカ原産の交雑種で1850年代に発見された偶発実生(自然交雑)。日本には1872年(明治5)年に殖産興業政策の一環として導入された。初めて栽培されたのは山梨県。ハウス栽培が確立した。日本の夏の食卓を飾る最もなじみ深いブドウの一つ。生食、ジュース。

デラウェア 写真:PhotoAC by もももやし氏

アジロンダック (Adirondack)

アメリカ系品種(ヴィティス・ラブルスカ種)で、明治初期に山梨県勝沼で最初に栽培されたアメリカ系品種の一つ。熟すと脱粒がひどく、食用葡萄としての販売や出荷には向かない。甘ったるいような香りがする。現在では生産量は少ないものの、歴史を感じるワインの原料として愛好されている。

アジロンダック 写真:PhotoAC by Kazuchan氏

キャンベル・アーリー(Campbell early)

アメリカ原産で、1897(明治30)年に新潟県の川上善兵衛氏によって日本に導入された。主に北海道や東北など冷涼な地域で栽培が広まった。特有の強い香り(フォクシーフレーバー)が特徴。生食、ジュース

川上氏は岩の原葡萄園の創始者

コンコード(Concord grape)

アメリカ原産のラブルスカ種。1889(明治22)年に、豊島理喜治という人物が、桔梗ヶ原(現在の長野県塩尻市)に土地(現在の堀川農園)を求め、アメリカからコンコードの苗木3000本と他の約20種類のブドウの苗木を取り寄せて栽培を始めたのが、日本におけるコンコード栽培の本格的な始まりとされる。

佐々木博著「桔梗が原のブドウ栽培」(1984)

ナイアガラ (Niagara)

1872(明治5)年にコンコードとキャッサデーを交雑して育成したアメリカ系品種。日本には、1893(明治26)年に川上善兵衛氏によって導入された。主に長野県や北海道で栽培される。甘い香りが特徴。

ナイアガラ 写真:PhotoAC by hoshimiya_yu氏

石原早生(いしはらわせ)

アメリカのブドウ品種「キャンベル・アーリー」から生まれた枝変わり品種で、1915年(大正4年)石原助市により発見された。粒が大きく、成熟が早いことから「大玉キャンベル」とも呼ばれる。一方で、果粒が落ちやすい(脱粒しやすい)性質があり、日持ちや輸送には不向きな面もある。巨峰の親品種として知られている。

ぶどう畑で育まれた物語

育成種として有名な品種

昭和時代に入ると交配・育成によって、より日本の気候風土に合った品種の開発が進みました。ここでは、育成種として良く知られている品種を簡単にご紹介します。

マスカット・ベーリーA

日本のブドウ育種の父と呼ばれる川上善兵衛氏が、1927(昭和2)年に、「ベーリー」と「マスカット・ハンブルグ」を交配して育成した黒ブドウ品種。新潟県が原産地の日本固有種。耐病性に優れ、日本の多様な気候に適応できるため、北海道から九州まで全国各地で栽培されており、赤ワイン用ブドウ品種としては日本国内第1位の生産量を占めている。「甲州」に続き、2013年にOIVに品種登録された。

「OIV」にリスト登録されている日本のワイン用ブドウ品種は、「甲州」(2010年登録)、「マスカット・ベーリーA」(2013年登録)、「山幸」(2020年登録)の3品種。

マスカット・ベーリーA 写真:PhotoAC by Kazuchan氏

ブラック・クイーン

同じく、川上善兵衛氏が、1927(昭和2)年に新潟県の岩の原葡萄園で、「ベーリー」と「ゴールデンクイーン」を交配・育成した品種。長野県(松本平)、山形県、新潟県などが主産地。ワイン醸造のほか、生食用としても利用され、巨峰などに押されつつも、ワイン用として生産が続けられている。

ネオ・マスカット

岡山県上道郡浮田村(現在の岡山市東区草ケ部)の広田盛正氏が、「甲州三尺」と「マスカット・オブ・アレキサンドリア」を交配して育成した黄緑色のブドウ品種。粒の大きさは10グラム前後、「マスカット・オブ・アレキサンドリア」に似た風味と香りが特徴。

1932(昭和7)年に命名され、1950(昭和25)年ごろから山梨県を中心に栽培が広まった。

ネオマスカット 写真:PhotoAC by HiC氏

巨峰(きょほう)

1942(昭和17)年に静岡県の大井上康氏が、「石原早生」と「センティニアル(ヨーロッパブドウ ヴィニフェラ種 )を交配・育成した大粒の黒ブドウ品種。強い甘みと適度な酸味のバランスが良く、「ブドウの王様」として知られる日本を代表する生食用品種。

巨峰 写真:PhotoAC by mgp333氏

ピオーネ

1957(昭和29)年に静岡県の井川秀雄氏が、「巨峰」と「カノンホールマスカット」を交配して育成した大粒の黒ブドウ品種。1973(昭和48)年に品種登録。巨峰より日持ちが良く、上品なマスカット香を持つ人気品種。生食用品種。

ピオーネ 写真:PhotoAC by ヒロタカ05氏

甲斐路(かいじ)

山梨県の植原葡萄研究所育種家植原正蔵氏が「フレーム・トーケー」と「ネオ・マスカット」の交配により育成したヨーロッパ種の晩生種の赤ブドウ品種。1977(昭和52)年に品種登録されている。甲斐路(かいじ)の名前の通り山梨県を代表する品種。

甲斐路 写真:PhotoAC by Hinamalu氏

赤嶺(せきれい)

山梨市の三沢昭氏が発見したもので、「甲斐路」の早熟着色系枝変わりの品種とされる。「枝変わり」とは、植物の突然変異のことを指し、人為的に他のぶどう同士を掛け合わせて改良されたのではなく、自然発生的した品種のこと。赤嶺が市場に出回り始めた時期については、不明だが1985(昭和60)年代に山梨県内で広まったとされる。

現在も数々の品種育成がされており、「シャインマスカット」、「ルビーロマン」、「クイーンニーナ」、「瀬戸ジャイアンツ」、「ナガノパープル」といった高級品種など優れた品種が登場しています。

 

日本のブドウの系統図は豊洲市場ドットコムさんが、Twitter(現:X)に投稿して話題になったブドウ系統図が素晴らしいので、引用させていただきます。

ブドウの歴史はワインの歴史でもあります。日本のブドウは、長い歴史の中で日本の風土に適応し、独自の進化を遂げてきた在来種や、先人が苦労して育成してきた品種が数多くあります。これらは、国際品種にはない日本独自の力強く個性的な味わいを持つワインを生み出しています。

また、近年、生食用も含め、世界的な評価も高まり、日本からのブドウの輸出量も増加しています。

このような成果は、親となる在来種や先人の育成種があってのことです。ブドウに触れる機会があったら、はるか昔から続いてきた品種のことや、育種素材としても価値のある在来種に想いを馳せてみてください。

 

【参考資料】
mottox「日本ワイン好きスタッフが注目 『日本のブドウ 23品種』」
果物ナビ「ぶどう」
キリン歴史ミュージアム
わいんびと「日本固有種」
葉と枝による樹木検索図鑑-類似種の見分け方 他:ノブドウーシラガブドウ

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