野菜の食料自給率80%は本当か?

このところ、日々、食糧危機に関するニュースを見ない日がなくなりました。
パンデミックやロシアのウクライナ侵攻の影響で、食糧危機の問題が加速しています。

日本でも小麦を原料とした食品やタマネギをはじめとする野菜の価格が高騰しています。
野菜の価格が高騰する原因には、そもそも天候不順があり、今回のタマネギの高騰は、北海道のタマネギが不作であったことが大きな原因ですが、これに加え、輸入タマネギの高騰や今後の円安、燃料の高騰、肥料の高騰などが価格を左右します。このような状況になると、日本の食料安全保障について気にせざるを得なくなります。

現在、日本の食料自給率は、令和2年度のデータによると総合食料自給率は、カロリーベースでは37%、生産額ベースでは67%となっています。

日本の食料自給率:農林水産省より

品目別でみると、主食となる米97%、小麦15%、大麦・はだか麦12%、いも類73%(かんしょ96%、ばれいしょ68%)、豆類8%(大豆6%)、野菜80%となっています(注1)

注1)品目別自給率、穀物自給率及び主食用穀物自給率の算出は次式による。自給率=国内生産量/国内消費仕向量×100(重量ベース)

これは、なかなか厳しい数字と言わざるを得ません。

野菜のタネは90%以上が海外から

農林水産省の食料自給率によると「野菜」は80%となっていますが、これはあくまでも日本国内で栽培したというだけであり、種子から肥料等に至るまで全て国産である野菜は10%にも満たないのが実態です。

なぜなら、野菜のタネは90%以上を海外から輸入しているからです。
現在、市場に流通しているタネのほとんどは、種苗メーカーが生産したものであり、その生産は海外で行われています。

「えっ?野菜のタネって、出来た野菜から採るものじゃないの?」と思った方、それは昭和前半までの話。今や、タネは種苗メーカーから買う時代です。

種苗メーカーが販売する野菜のタネは、F1種という「雑種第一代」や「ハイブリッド」とも呼ばれるもので、スーパーなどで販売している野菜のほとんどは、このF1種の野菜です。

F1種のタネは一代限りなので、農家は、毎年、種苗会社からタネを購入して栽培しています。

F1種が普及するのは、悪いことではありませんが、これに伴い、この50~60年の間にタネの国内自給率99%だったものが、10%以下になってしまいました。

タネの自給率低下は問題ないのでしょうか?

タネの国内自給率が低いとどうなる?

タネの自給率低下の問題について、長年、「種から国産」を掲げ、伝統野菜の栽培を行っている「あいち在来種保存会」の代表世話人である高木幹夫先生にお話しを伺いました。

高木幹夫先生:プロフィール
あいち在来種保存会代表世話人、元JA職員、岐阜県立国際アカデミー非常勤講師、日本野菜ソムリエ協会講師、調理師
「種から国産」の伝統野菜栽培を理念に、「あいちの伝統野菜」に認定された35品目を絶やすことなく、地元で原種の採種作業を続ける「あいち在来種保存会」の代表世話人。自身の畑でも11種の伝統野菜の栽培、採種を行っている。長年、伝統野菜の伝承と支援に尽力し続けておられ、その活躍は新聞、雑誌などで数々紹介されている。

タネの自給率低下は昭和40年頃から

- 高木先生、本日はよろしくお願いします。
高木:よろしくお願いします。

- さっそくですが、現在、日本の野菜のタネの国内自給率はどれほどでしょう
高木:1割以下だと思われます。海外で作られたタネが9割以上を占めています。

- 昔からなのでしょうか?
高木:いいえ。昔は、在来の固定種を自家採種していました。昭和40年頃を境に変わってきたのです。高度成長期に入り、その頃からF1種が増えてきました。現在は、種苗メーカーがF1種を海外で生産して、農家がそれを買って栽培しています。

- F1種というのは?
高木:F1種子は、わかりやすく言うと、複数の種を掛け合わせで、良いとこ取りして交配させた雑種のことです。種苗メーカーは時間をかけて研究して、この掛け合わせの組み合わせの良いものを探して開発します。

- かけ合わせでタネを作るのは難しいのですか?
高木:基本的には、ある品種の雌シベに、異なった品種の雄シベの花粉をつけるだけです。実際には、もうちょっと複雑な方法でも行いますが。

- 生産者は自分で作った種を使えばいいのではないのですか?
高木:本来はそうなのですが、F1種は、良いとこ取りの品種で、発芽率も良いし、収穫量も見込めます。大きさ、形も規格に合った野菜ができます。生産者にも販売者にも消費者にも都合が良いタネなのです。

- だから、F1種が広まったのですね?
高木:そうです。昭和40年頃から高度成長期の波が来て、人口も10年ぐらい右肩上がりで増加していて、産業も農業から工業へシフトし始めていました。そこで、農産物も効率良く栽培するニーズが出てきたのです。農産物も大量生産の時代に入って、スーパー等でも規格に見合った野菜を求めたし、生活者全体が色や形や大きさが揃ったものを求めたのです。

- 当時の日本の社会情勢に合ったのですね。
高木:そうですね。F1種がなかったら、戦後の高度成長期の日本の食卓が、こんなに豊かにはならなかったと思います。ただ、最近は、ちょっとニーズに応え過ぎている気がします。真っすぐで太さが均等のコンビニのおでん用大根とか、野菜臭さのない野菜とか、タネのないピーマンとか、冬に食べるスイカとか、ナスやトマト、キュウリなども年中あります。本当に我々が望んでいるのか疑問です。生活者も、もう旬とか訳わからなくなっている(笑)

- 確かにそうですね。でも、それだけ便利だとF1種が増えますよね。
高木:そう。だから、あっという間に在来の固定種からF1種に切り替わっていったのです。

水稲もF1品種へ

今こそ農業を見直し、原点回帰を

- F1種は日本国内では生産できないのですか?
高木:日本の気候は温暖で湿度が高いため、病気が出やすいから、高品質のタネを生産するには適していないし、他の花粉がくっつかないような広い土地を確保するのが難しいと言われています。また、採種農家の高齢化や人手不足等の問題やコストがかかるという問題がありますね。

- 確かに品質の良いタネを買った方が楽ですね。でも、これだけ自給率が低いと、食糧危機や戦争など有事の際などに危険ではないですか?
高木:まずいですね。タネの輸入が止まったら終わりです。

- タネの国内自給率を高めることはできないのでしょうか?
高木:できます。昔はやっていたのだから、原点回帰すれば良いだけです。

- 原点回帰ですか?
高木:そうです。また、自分たちでタネを採ればいいのです。地元ならではの野菜を見直すことが大切です。伝統的な地域の野菜が、地域の食文化を作ってきたわけですから。そして、四季折々の旬の野菜を食べればいいのです。少々、形や大きさが変でも食べる人が文句言わなきゃいい訳だから(笑)
「食」に目を向けたら原点回帰が必要な時だと思いますよ。
地域の伝統的な野菜を採種し、地域で育てるという元々の循環に戻していけば、自給率を上げることができます。

- そうすれば、タネの自給率を50%ぐらいにできますか?
高木:十二分に可能だと思います。採種は手間ひまかかるから、近隣の農家が協力して、それこそ農業協同組合にして、そこが採種すればよいですね。僕も昔、JAにいた頃にタマネギの採種をしていたことがあります。
自ら採種して作ろうとしないと、将来、粟(あわ)や稗(ひえ)を食べなきゃいけなくなるかもしれませんよ(笑)

在来品種のダイコンを説明する高木幹夫先生

もし、食糧が輸入できなくなったら

- 有事の際には、食糧が輸入できなくなる可能性もありますよね?
高木:そうです。飢餓貿易を知っていますか?

- 知らないです。すみません、勉強不足で。
高木:簡単に言うと、外貨を獲得するために、国内各地で食糧不足がおきているのにも関わらず、食糧を輸出品目にし続けるなど、必要な物資を犠牲にして貿易することです。
日本でも1993年に米不足になったから、タイから輸入したことがありました。そのせいで、米を輸出したタイの国内が米不足になってしまった。これも飢餓貿易の一つかもしれないです。当時の日本国内には米も含めて十分な食料があったのにね。

- そうだったのですね。
高木:日本は、今のところは、まだ国力があるから、世界的に食糧が高騰しても、輸入することができるけど、もし、輸入できなくなったら、どうなるでしょう?
日本経済の低迷が続けば、いつか輸入する力がなくなるかもしれません。コロナ禍でも体験したように貨物が止まるかもしれない。台湾有事でシーレーン破壊などということが起きたら、それこそ一大事です。
今から、ちゃんと国内で完結できる食糧の供給体制をつくっておかなければいけないと思います。

- そうですよね。今からでも田畑をやった方が良いですね。
高木:有事の際の自衛は、常日頃からやっているから自衛できるのです。米や野菜などの農作物は今日、タネを蒔いて、明日できるというわけではありません。
急に畑やろうと思っても、駐車場ばかりになっていて、アスファルトを剝がさないと畑ができないかもしれませんよ(笑)

- 私たちが今すぐにできることは何でしょう?
高木:今、フードロスが600万トンと言っていますよね。まずは、食料の無駄をなくすことです。形や見た目が悪くても調理には問題ありません。だから、規格外の野菜も食べて欲しいです。それと、旬じゃない野菜を求めない。そういうことで農産物の出荷段階からロスを減らすことができると思います。
もっと、食べ物を大切にしていきましょう。

- はい、野菜の見た目は気にせず、大切に頂くことにします。今日は、お忙しい中、ありがとうございました。

規格外の野菜

規格外の野菜

あいち在来種保存会の代表世話人 高木幹夫先生には、タネの自給率を中心に日本の農業の過去から未来までをユーモアを交えてお話いただきました。
地元の伝統的な野菜のタネの採種や栽培技術は一朝一夕で得られるものではありません。
高木先生の言われるように、今こそ、もう一度「タネから国産」の原点回帰をする時にきていることを痛感したインタビューでした。

ありがとうございました。

 

―樹木にとって最も大切なものは何かと問うたら、それは果実だと誰もが答えるだろう。しかし、実際には種なのだ。― フリードリヒ・ニーチェ

高木幹夫氏:プロフィール:あいち在来種保存会代表世話人、元JA職員、調理師

「種から国産」の伝統野菜栽培を理念に、「あいちの伝統野菜」に認定された37品目を絶やすことなく、地元で原種の採種作業を続ける「あいち在来種保存会」の代表世話人。自身の畑でも数十種類の伝統野菜の栽培、採種を行っている。長年、伝統野菜の伝承と支援に尽力し続けておられ、その活躍は新聞、雑誌などで数々紹介されている。

高木幹夫先生への取材・講演のご依頼は以下に直接ご連絡ください。mikiotaka319729@yahoo.co.jp

 

【引用】日本の食料自給率:農林水産省
【参考】プレジデントオンライン 「タネ」の輸入がとまれば飢餓に…「食料自給率コメ98%、野菜80%」のカラクリと日本の食料安保のお粗末さ

 

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